女性にモテたいイタリア人、礼節を重んじるイギリス人のスーツの美学
――これまで『サヴィル・ロウ』『ビスポーク・スタイル』では主にイギリス紳士服のテーラリング(服職人)のことを丹念に取材。今度は対象をイタリアの紳士服に移し、全土のサルトリア(仕立て服店とその職人)を精力的に取材した『サルトリア・イタリアーナ』を著した。これでス-ツの二大潮流に精通されたことになるわけですが、長谷川さんがメンズスーツに興味を持ったきっかけとは?
【長谷川】もともとウィスキーや自動車など男性向けとされるアイテムに興味があって、イギリスの文化的なことを取材していたのです。ロイヤルワラント(英国王室御用達)の本をつくっていたとき、知人の伝手でロイヤルワラントを持つサヴィル・ロウのテーラーに出入りするようになったんです。それがきっかけで、ビスポーク(完全注文)スーツの世界に魅せられていきました。メンズスーツはバラエティに富んでいるのも面白いですし、歴史的な系譜をたどる楽しさもあります。
――多くのイタリア人&イギリス人男性のスーツスタイルを見てきた長谷川さんに伺いたいのが、彼らの格好よさの秘訣です。
【長谷川】イタリア人とイギリス人に、それぞれ「なぜ、格好良く装いたいのか?」と聞いたら、イギリス人男性は「相手に対するマナー」、イタリア人は「女性にもてたいから」と答えるでしょう(笑)。服作りということでは、イタリアとくに北のミラノあたりはイギリスのスタイルの影響を色濃く受けていますが、イギリス人とイタリア人の気質という点では、それくらい違います。
――女性にもてたいイタリア人男性ですが、背が高いわけでもハンサムなわけでもない、お腹がぽっこり出ているおじさんですらキマッているのは、なぜでしょうか。
【長谷川】イタリア人男性は自分のことが大好きです。「俺を見よ」というマインドが強く、だからこそ美意識も非常に高いのでは。彼らにしてみれば、スーツを着るからには、格好よくなければ意味がない。体にフィットしないところがあれば、「ここがちょっと……」と数ミリ単位で細かく直します。シャツを着るときには必ずアイロンをかけます。自分を格好よく見せたい自己顕示欲が、何にも勝るのがイタリア人男性なのです。とはいえ、「これみよがし」は彼らの美意識に反します。彼らにとって一番の褒め言葉は、エレガンテ。エレガントな男とは「スプレッツァトゥーラ(Sprezzatura)」、さりげなさということです。たとえば、イタリアらしいシャツであるドゥエボットーニ(喉もとの第一ボタンが二つあるタイプ)のデザイン、さらにボタンの色が違うのはこれみよがしであって、エレガントではない、ということです。
――紳士服の聖地といわれるイギリス人男性はどうでしょう?
【長谷川】イギリス人男性は、サーカスティックで自嘲的。彼らにとっては「抑制」こそが、男の格好良さです。自らは極力控えめに装い、相手への配慮を最優先する――イギリス人の硬質ともいえるスーツスタイルの美学は、現在のスーツの起源でもある軍服に通じるところがあるように思います。
――イギリス人男性とイタリア人男性、どちらのスーツスタイルがお好みですか?
【長谷川】イギリス人かイタリア人、どちらかのスタイルかというより、それはその人の中身によるかと。いくら格好よくても話がつまらないと食事をしても楽しくないでしょう(笑)。逆に、国籍に関係なく、本人の話が魅力的で、個性をさりげなく表現しているスタイルであればそれは素敵に見えますね(笑)。
――『サルトリア・イタリアーナ』はイタリア全土を3年がかりで取材したものですが、イタリアの服飾文化に深く触れた経験から、日本人のスーツスタイルについてどう感じていますか?
【長谷川】イタリアとひとくちに言っても、19世紀後半のリソルジメント(イタリア統一)までは別の国だったという歴史があるうえ、地理的に南北に長いこともあり、地域差がかなりあります。ミラネーゼといわれる北のミラノ地方、フロレンティーナといわれる中部のフィレンツェ地方、それにナポリスタイルといわれる南のナポリ地方とでは、人種も気質も違いますので、おのずとスーツスタイルにも地域性が出てきます。南のナポリの人たちは体型が日本人に近く、日本でナポリスタイルが人気なのは、色彩やデザインの魅力だけでなく、体型が似ていることも関係しているのではないでしょうか。それと、イタリアスーツの仕立てのことだけでなく、彼らの持ち味である細部にわたる美意識といったことも、日本人には参考になると思います。