サヴィル・ロウがスクリーンに帰ってきた。

かつてハリウッドスターの誰もがサヴィル・ロウで仕立てたビスポーク・スーツを身にまとい、メンズウェアの歴史を牽引する存在だったサヴィル・ロウだが、ハイエンドの顧客層がデザイナーブランドに移行した80年代を境に、しばしハリウッドから遠ざかっていた。

近年ではアンダーソン&シェパード(前回の連載で掲載)で修業したアレキサンダー・マックイーンといったデザイナーが台頭し、サヴィル・ロウの高いクラフツマンシップが再認識されると共に、かつての紳士服の最高峰であったステータスを取り戻しつつある。その舞台となったのが大ヒット映画『キングスマン』シリーズと、サヴィル・ロウにある創業1849年の名門テーラー、HUNTSMAN(ハンツマン)である。

サヴィル・ロウ11番地にある店内。160年を超える歴史を彷彿とさせる重厚な空間が広がる

「HUNTSMAN(ハンツマン)=狩猟人」の名は、創業当初、英国王室など王侯貴族向けに狩猟用品などカントリーウェアを作っていたことに由来している。かつては「サヴィル・ロウで最も高価」と言われたテーラーであり、顧客はフィアット元総裁のジャンニ・アニェッリ、生涯で160着以上のビスポーク・スーツを注文したグレゴリー・ペック、ケイリー・グラントにハンフリー・ボガートなど、多くのハリウッドスターや財界人がこの老舗のテーラーのビスポーク・スーツを愛用してきた。

映画『キングスマン』の中で主人公エグジー(タロン・エガートン)を指導するコリン・ファース演じるシークレット・エージェント、ハリー・ハートが勤めるテーラー、実は国際的秘密組織キングスマンへ通じるエントランスがハンツマンのフィッティング・ルームなのだ。

映画『キングスマン』では英国紳士の所作を教える教官役ハリー・ハートをコリン・ファースが演じている

監督のマシュー・ヴォーンは最初のスーツを18歳で作って以来、30年以上にわたるハンツマンの顧客だった。この関係から、ハンツマンを『キングスマン』の舞台に選んだのだ。さらに現在のハンツマンのオーナー、ピエール・ラグランジュは数多くのマシュー・ヴォーン作品のプロデューサーでもある。

現在のヘッドカッターとクリエイティブ・ディレクターを務めるスコットランド人のキャンベル・ケイリーは、マシュー・ヴォーン監督と共に『キングスマン』を製作。彼らは登場する人物が着用するクラシックなビスポーク・スーツに、現代のメンズウェアのスタイリッシュなイメージを与えた。映画の効果により、特に若い世代の顧客が増え、サヴィル・ロウのイメージアップにも大きく貢献している。

映画『キングスマン』で主人公のエグジーが着用したオレンジヴェルベットのディナージャケットもキャンベル・ケイリー氏の手によるものだ

ハウススタイルはライディングコートから派生した高いアームホール、長めの着丈、絞り込んだウェストライン、シャープなショルダーラインを持つ1ボタンのシングルブレスティッド・スーツだ。1ボタンのスーツは2ボタンや3ボタンに比べ、ラペルが長くなり、ジャケットの開きも広くなることから、より華やかで現代的なスタイルが表現できるという。

ハンツマンのシグネチャースタイル、シングルブレスティッドの1ボタンスーツ。大胆なプリンス・オブ・ウェールズ・チェックとターンバック・カフで遊び心を演出

さらにメンズウェアで世界最大のオンラインストアのひとつ、Mr.Porterとのコラボレーションとロンドンの期間限定ショップは大きな話題となり、インスタグラマーの人気の撮影スポットとなった。

ハンツマンのビスポーク部門も160年を超える歴史上、初めてニューヨーク支店をオープン。東京を含む世界12都市でトランクショーを開催するなど、サヴィル・ロウから世界に活躍の場を広げている。

ハンツマンのヘッドカッターとクリエイティブ・ディレクターを務めるキャンベル・ケイリー氏。かつてはサヴィル・ロウの老舗キルガーの元ヘッドカッターを勤め、現在は新生となったハンツマンでスタイリッシュなサヴィル・ロウ・スタイルを提案している

長谷川喜美/Yoshimi Hasegawa
ジャーナリスト。イギリス、イタリアを中心にヨーロッパの魅力を文化の視点から紹介。メンズスタイル、車、ウィスキー等に関する記事を雑誌を中心に執筆。最新刊『サルトリア・イタリアーナ(日本語版)』(万来舎)を2018年3月に上梓。今年、英語とイタリア語の世界3カ国語で出版。著書に『サヴィル・ロウ』『ハリスツィードとアランセーター』『ビスポーク・スタイル』『英国王室御用達』など。

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