サヴィル・ロウを訪ねてみたいが、どこへ行くべきか?
サヴィル・ロウの事情に詳しいことからよくこういう質問を受けるのだが、もしビスポーク・スーツを作りたいという明確な目的がないならば、サヴィル・ロウ1番地にあるGIEVES & HAWKES(ギーヴズ&ホークス)を勧める。他のサヴィル・ロウのテーラーとは一線を画す、広大な規模を持つ建物は、19世紀には王立地理学院であった建物だ。ここでは既製品、MTM(Made to Measure 日本ではパターンオーダー)、ビスポークと幅広い客層に対応するメンズウェアを販売している。
そもそもスーツの起源は英国から発祥し、軍服の歴史と深く結びついている。それはサヴィル・ロウも例外ではない。大英帝国を築いた膨大な軍服の需要がサヴィル・ロウに発展をもたらした。英国の仕立てが軍服のように構築的だというのは、こうした歴史的背景に基づいているからだ。ギーヴズ&ホークスはその代表ともいえるテーラーである。
創業1771年の軍用帽子と陸軍の軍服のテーラーであったホークスを、創業1785年海軍の軍服のテーラーのギーヴズが買収し、1974年にギーヴズ&ホークスとなった。
1809年にホークスがジョージ3世とシャーロット王妃よりロイヤルワラントを授与され、ギーヴズは1911年にジョージ5世から海軍の軍服のロイヤルワラントを授与されて以来、継続してワラントを保持している。
現存する三つすべてのロイヤルワラントを持つ数少ないテーラーであり、英国王室とも縁が深く、過去多くの軍服がここで作られてきた。いまだにミリタリー専用のデパートメントがあるのもここならではだ。膨大な過去のアーカイブもギーヴズ&ホークスの財産のひとつであり、服飾史専門の歴史家が管理している。中二階にある過去の軍服や資料が飾られたアーカイブルームではサヴィル・ロウの持つ歴史とその遺産を感じることができる。
既製服のラインは台湾、香港、中国を中心に約100店舗を展開しているが、ビスポークの部門があるのは本店のみ。現在のギーヴズ&ホークスのビスポーク部門を率いるヘッドカッターがダヴィデ・トウブ氏だ。基本的にどんなスタイルであれ、顧客の要望に合わせることができるというが、典型的なハウススタイルといえば、ミリタリーをベースにした構築的なシルエットを現代流にスタイリッシュなテイストを加えたものとなる。
このハウススタイルはギーヴズ&ホークスの伝統とトウブ氏自身の今までのキャリア、双方によって創り上げられたものだ。軍服を専門とするテーラーであるカシュケット&パートナーズで軍服の仕立ての基本を、サヴィル・ロウにあるテーラーのモーリス・セドウェルでサヴィル・ロウの仕立てを、ビートルズのスーツを作ったことで知られる伝説のテーラー、エドワード・セクストンでスタイリッシュなスーツを作りあげる美学を学んだ。
フォーマルを意識したという光沢を抑えたブラックシルクのダブル・ブレスティッドスーツ、英国の仕立ての特徴である、構築的なロープド・スリーブヘッド(盛り上がった袖山)、シャープなショルダーライン、絞り込んだウェストライン、軍服を思わせる威厳がそのスーツにはある。構築的な仕立ては快適ではないと思われがちだ。構築的でありながら快適なスーツを作ることができるのは、サイズ感から芯地の細かな調整まで、その人に合わせて一から作られるビスポークだからこそ可能となる。
顧客はネルソン提督から元英国首相のウィンストン・チャーチル、英王室のウィリアム王子やハリー王子まで、英国紳士を魅了してきたギーヴズ&ホークス。サヴィル・ロウに行く機会があれば、ぜひ、足を運んでみてほしい。
長谷川喜美/Yoshimi Hasegawa
ジャーナリスト。イギリス、イタリアを中心にヨーロッパの魅力を文化の視点から紹介。メンズスタイル、車、ウィスキー等に関する記事を雑誌を中心に執筆。最新刊『サルトリア・イタリアーナ(日本語版)』(万来舎)を2018年3月に上梓。今年、英語とイタリア語の世界3カ国語で出版。著書に『サヴィル・ロウ』『ハリスツィードとアランセーター』『ビスポーク・スタイル』『英国王室御用達』など。