世界のウェルドレッサーに支持されている理由
イタリアの3大スタイルの中で、前回紹介した北部のミラネーゼスタイルに続き、今回紹介するのは、中部フィレンツェを発祥とするフロレンティーンスタイルである。
フロレンティーンスタイルの名を知らずとも、このスタイルを代表するサルトリア、LIVERANO&LIVERANO(リヴェラーノ&リヴェラーノ)の名を知っている方もきっと多いことだろう。このように世界のウェルドレッサーにリヴェラーノ&リヴェラーノが支持されている理由はなんだろう?
おそらく、このスーツは、男がスーツに求める要素を完璧に備えているからにちがいない。つまりフォーマルでありながら堅苦しくならず、イタリアの仕立ての柔らかさがあるが軽過ぎることはない。エレガンスを感じるが決して華美ではない。それこそが全世界であらゆる状況において着用できる、リヴェラーノ&リヴェラーノのスーツの強みなのだ。
アントニオ・リヴェラーノは南部イタリアのプーリア生まれ。7歳から修業をはじめ、兄ルイジと1960年代にフィレンツェでリヴェラーノ&リヴェラーノを開く。それから60年近い歳月を経た現在、フィレンツェのみならず、イタリアを代表するサルトリアとなった。
今も週に5日はワークルームで働くというアントニオ・リヴェラーノ氏は、サルトリアという仕事に対してこう語っている。
「プーリアから来て、何もない白紙の状態から始めて、ここまで来れたことを誇りに思っている。この仕事に飽きたことはいちどもない。美しいスーツを作ること、人に会うこと、教えること、そのすべてに大きな情熱を持っているから」
フロレンティーンスタイルの仕立ては、通常の仕立てでは前身頃の中心にあるフロントダーツを、あえて作らないのが特徴だ。ダーツを取らないため、その分、高度なカッティングとアイロンワークが必要となる。その結果、上着の前身頃はクリーンで端正な表情となる。
こうしたフィレンツェ伝統の仕立てを踏襲しながらも、アントニオ・リヴェラーノ氏の感性が生かされた、独自の仕立てとなっている。リヴェラーノ&リヴェラーノのハウススタイルはシングルブレスティッドの3つボタン、低めのラペルノッチ、ナチュラルでクリーンなショルダーライン、胸部を柔らかなキャンバスで強調した男らしいライン、反対にラペルからフロントにかけて開いたカーブの優美さのコントラストが均整の取れた美を作りだす。
海外の顧客に向けてテーラー自らが足を運んで出張採寸を行うトランクショー。1930年代にサヴィル・ロウのテーラーが開始し、幾つものトランクに仮縫いのスーツを入れて運んだことから、トランクショーの名がついたとされている。
リヴェラーノ&リヴェラーノも、ニューヨークや香港のTHE ARMOURY、東京のソブリンハウスをはじめ、世界各地でトランクショーを行っている。そこで重要な役割を果たしているのが大崎貴弘氏だ。
同時に、他ブランドとのコラボレーション企画や商品開発、インスタグラムなどのSNSを通じて、スーツスタイルに留まらないリヴェラーノ&リヴェラーノの魅力を世界に発信している。
世界でも有数の美しい都市として知られ、中世にはルネッサンスが花開いたフィレンツェ。この華やかな都市のどこにも街の景観を壊すような突出した色は見当たらない。それはリヴェラーノ&リヴェラーノのスーツのコーディネートと同様に、全体がしっくりと馴染んでいる。この芸術の都こそが彼の色彩感覚を育んだのだ。
男性のスーツはネイビーにグレー、ブラウンといったベーシックなカラーが主流だが、そこに馴染むオレンジやマゼンダ、イエローを加えることで男の着こなしに華やかさが生まれる。
クラシックでありながらタイムレス、スーツ自体が強く主張することはないが、着る人の存在感を際立たせる仕立てには、アントニオ・リヴェラーノ氏のフィレンツェで育んだ美意識が生きている。
長谷川喜美/Yoshimi Hasegawa
ジャーナリスト。イギリス、イタリアを中心にヨーロッパの魅力を文化の視点から紹介。メンズスタイル、車、ウィスキー等に関する記事を雑誌を中心に執筆。最新刊『サルトリア・イタリアーナ(日本語版)』(万来舎)を2018年3月に上梓。今年、英語とイタリア語の世界3カ国語で出版。著書に『サヴィル・ロウ』『ハリスツィードとアランセーター』『ビスポーク・スタイル』『英国王室御用達』など。