アメリカントラディショナルとは?

日本では1960年代を中心に爆発的な流行となったアイビースタイル。これはそもそもアメリカントラディショナルのスタイルをベースに、アイビーリーグ(ハーバード大学など名門8大学の総称)に通う学生たちの着こなしを取り入れたものだ。

では、アメリカントラディショナルとはなんだろう?

日本では「アメリカントラッド」や、略して「アメトラ」と呼ばれることもあるが、これは日本独自の和製英語だ。実際のアメリカントラディショナルのスタイルを確立したのは、ニューヨークで1818年に創業されたブルックス ブラザーズである。英国のポロ競技にヒントを得たボタンダウンのシャツや、英国の連隊の軍服であったレジメンタルタイからヒントを得たレップタイ(縞の向きを英国軍とは反対の右下がりにしてある)といったメンズウェアにおける名品の数々を同社は生み出してきた。

なかでも1918年に誕生した「No.1 サックスーツ」は、今もアメリカントラディショナルの基本とされている。特徴はフロント部分にダーツを設けず、肩にはパッドを用いないナチュラルショルダー、段返り3ボタン(第1ボタン部分が折り返すようになっていることで、実際は第2ボタンを留める仕様のこと)のシングルブレスティッドスーツだ。

「No.1 サックスーツ」のスタイルを持つ段返り3ボタンのウーステッド・ヘリンボーンのスーツ ©Daisuke Akita
美しくロールしたラペルは丁寧な手仕事から生まれる ©Daisuke Akita

テーラーケイドはこのアメリカントラディショナルスタイルを標榜する、日本で、さらに言えば世界でも数少ないテーラーだ。オーナーの山本祐平氏は名店ボストンテーラーで修業を積み、2002年に東京の渋谷にテーラーケイドをオープン。山本氏が理想とするのは、1920年代から1960年代にかけてニューヨークのマディソンアヴェニューなどで活躍した、都市に生きる男達の洒脱なスタイル。彼らのシティライフに根ざしたメンズスタイルの美学を、現代のアメリカントラディショナルのスーツで表現している。

ビスポーク・スーツの製作の全工程は山本祐平氏と自社工房アトリエケイドのチームがすべて行う ©Daisuke Akita
ビスポーク・スーツには手縫いだからこそ表現できる快適な着心地がある ©Daisuke Akita

山本氏はアメリカントラディショナルに対する美学をこう語っている。

「男の着こなしは引き算の美学にあります。一個足したら、必ず一個引く。映画に登場するウェルドレッサーを見ればわかるでしょう。彼ら名優たちのスタイルはどれもシンプルで控えめです。なぜそうなのか? それがメンズウェアにおける世界共通の言語だからです。彼らが戦前、戦後を通して守ってきたこの美学を、次の世代、そして22世紀まで伝えたいと思っています」

男性のシャツの基本はホワイトとブルーだ。シャツのビスポークも行っている ©Daisuke Akita

「男も女も最も大事なのはいかに清潔感をもってシンプルに着こなすかということ。それは価格が高い、安いではない。それが身だしなみということです。テーラーでカスタム(ビスポーク)したスーツの形がいいのは、その人の個性に合わせるから。ずんぐりした人でも、必ずその人にあった美しく見せる形がある。その人の自然体の姿をひきだすこと、個性をひきだすスタイリングが大事です」

山本氏がインスピレーションを得ているのは膨大な1930年代~1960年代のアメリカン・ゴールデンエイジを中心とした雑誌や広告のアーカイブだ ©Daisuke Akita

「実は段返りといったようなディテールは二次的な要素です。かつてのスターの映画や写真を見ると、まず本人の存在が目に入って、洋服は印象に残らない。いいテーラーはいかに人を引き立てるかを知っているんです」

自社工房では20代から30代の若者といった後進の育成にも積極的に取り組んでいる。今は高齢になった職人から服作りの技術や感性を継承し、伝えていくことがテーラーの使命だと思っているという。

山本氏の美学が反映された店内。ジャズミュージシャンでもある山本氏が厳選したジャズミュージックが顧客を迎える ©Daisuke Akita
店内に掲げられるのはテーラーケイドのモットーだ。「我々はファッションスノッブではない。だが、(男の着こなしに重要な)数少ない、シンプルなルールは知っている」 ©Daisuke Akita

日本人の高いクラフツマンシップとものづくりへの情熱が生んだ、本国アメリカにもないアメリカントラディショナルスタイル。テーラーケイドはニューヨークへ年2回トランクショーを行っている。山本氏独自のアメリカンスタイルは、本場ニューヨークで多くの顧客を惹きつけているのだ。

最後に。ビスポーク・スーツの世界は、これからどうなっていくのか?

テーラーケイドや前回のサルトリア・チッチオのように、職人と顧客、双方が国籍や土地にとらわれず、グローバルに交流する時代になった。職人は国際的視点で評価され、世界中で活躍していくだろう。同時に競争も激化するだけに、ますますモノの持つ「真の価値」が問われる時代となる。

ヨーロッパばかりでなく、アジアにも続々とビスポーク・テーラーやメンズウェアストアが生まれている。アジアが牽引する新たなビスポークの世紀はまだ始まったばかりだ。

長谷川喜美/Yoshimi Hasegawa
ジャーナリスト。イギリス、イタリアを中心にヨーロッパの魅力を文化の視点から紹介。メンズスタイル、車、ウィスキー等に関する記事を雑誌を中心に執筆。最新刊『サルトリア・イタリアーナ(日本語版)』(万来舎)を2018年3月に上梓。今年、英語とイタリア語の世界3カ国語で出版。著書に『サヴィル・ロウ』『ハリスツィードとアランセーター』『ビスポーク・スタイル』『英国王室御用達』など。

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Tailor Caid/テーラーケイド