野球経験があったからこそ、いまがある

――小山社長は最初、野球の実業団チームだったプリンスホテルに選手として入団しました。その後、マネージャー、コーチを経験した後、今度はビジネスマンとしてプリンスホテルで働くようになります。野球の世界からビジネスの世界に入るときは大変でしたか。

実を言うと私にとってこれまでのビジネス人生は野球人生ほど辛くありません。野球は練習そのものが肉体的に辛いし、結果が出ず思いどおりにいかないことばかりでした。選手、マネジャー、コーチを含めた11年の中で、都市対抗で優勝できたのはたった1回きりです。ただ、野球の世界で11年間耐えてきたことがその後の人生のバックボーンになっているとは思います。

――社会人野球でのコーチの経験がビジネスでも生きたそうですね。

私が最初配属されたのは総務課で、これもよかったと思います。現場の要望を聞き、現場をバックアップし、スタッフにやる気を出してもらい、お客様に喜んでもらう、そういう裏方仕事です。この仕事は、選手のモチベーションを上げ、観客に喜んでもらう野球のマネジャーやコーチの仕事と似ていると思いました。

――7年間総務課に在籍した後、品川プリンスホテルの宿泊部長に異動しました。現場を統括するときもコーチの経験は生きましたか。

自分たちのサービスを見直すときに役立ちました。今はプライバシーの問題で難しいのですが、当時はお客様の背中越しにフロントの若いスタッフが仕事をしている様子を撮影しました。それを見せると「私は満面の笑みで接客していると思っていました。こんなに笑顔が出ていなかったんですね」と気づいてくれました。選手にバッティングの姿勢を口で注意するより、ビデオを見せるほうが有効なのと同じです。

――ライバルのホテルに泊まりに行き、相手のサービスのいいところを部下と共有するといったこともあったそうですね。部下に伝えるときは何か工夫している点はありますか。

現象だけを伝えるのではなく、自分の気持ちを込めることが大切です。それも自分で納得したうえで、自分の意見として伝えることが肝心ですね。

――入社式で新入社員を迎える場を大事にしていますね。よく話す内容はありますか。

新入社員を迎えるときはこちらの方ほうが緊張します。社会人になる第一歩ですから、何か心に残る話をしてあげたいと思います。私がよく話すのは、一つはチームワークの大切さです。ビジネスもスポーツの世界と同じで、最終的には自分の能力と技術がモノを言います。だから常に学習し、自分を磨く必要があります。でも、それだけでは十分ではありません。チームワークを発揮し働けば、仲間と楽しいことも悲しいことも悩み共有でき、ビジネス人生が充実します。

――野球でも、個々の力があってもチームワークが悪いとよい成績は挙げられませんね。

そうです。それからもう一つ、行動の大切さを説きます。若い人たちは100%納得しなければ一歩が踏み出せないところがあります。7割考えて1歩、2歩動き出そうとアドバイスします。もちろん全く考えなしで動き出すのも困りものです(笑)。それで最近言うのが、考えながら行動する「考動」です。野球でも3割打てば大したものです。仕事では10回に1回うまくいけばいいんです。

アドバイスするときも上から言うのではなく、相手に並走し、そっと背中を押すのが私のスタイルです。これもコーチ時代に学んだやり方です。

千代田区紀尾井町のザ・プリンスギャラリーのデザイナーズ スイート。都会らしくモダンな内装が、欧米からの旅行客の人気を得ている

服装への気遣いはグローバル戦略に不可欠

――ホテルの仕事に就いてみて、一番醍醐味を感じるのはどんなときですか。

大きなイベントを終え、お客様から「ありがとう」とお礼の言葉をいただくときです。私どもが「プリンスホテルをお使いいただきありがとうございます」と感謝するのが当たり前のところを、逆に「おかげでイベントがうまくいきました」などと、お礼を言われるとホテルマン冥利に尽きます。

――前編でもゴルフ場のお話が出てきましたが、今はゴルフが一番の趣味ですか。

月に2回のペースで楽しんでいます。緑の中を歩いているとリフレッシュできますし、良いアイデアが浮かぶこともあり、その場で部下に電話をします。部下は迷惑がっているかもしれませんが(笑)。ゴルフに行けない休日は、朝食後1時間程度歩き、ストレッチしています。

――ゴルフ場での正装についても教えてください。

ポロシャツの裾はパンツの中に入れ、ベルトを締める。暑い夏は半ズボン姿でもかまいませんが、ソックスはきちんと履くようにします。クラブハウスではジャケットを羽織る。こんな感じでしょうか。あまりに堅いことを言うと若い人に敬遠されそうですが、伝統のあるゴルフ場ではドレスコードを守りたいですね。

――伝統といえば、前編でも触れたように英国ロンドンで19年夏以降、ラグジュアリーホテルを運営することになります。社員の意識も変える必要がありそうですか。

常にグローバルな視点を持とうと話しています。地球を俯瞰し、経済にせよファッションにせよ世界がどう動いているのかを敏感に捉えることが大切です。また、若い人には英語で会話ができるように勉強してほしいですね。

――グローバル競争を勝ち抜く社長の戦略は?

野球が勘と経験からデータ重視の戦略に変わったのと同じです。競合から学び、本やコンサルタントから学び、ビッグデータまでを含めてデータ活用して様々なシナリオを作って戦います。データを分析し、先々まで読んで戦略を立てることが大切だと思っています。

小山正彦/Masahiko Koyama
プリンスホテル代表取締役社長
1979年立命館大学卒業後、プリンスホテル入社。社会人野球の選手、コーチを経て、ホテル事業に配属。ホテルの支配人を歴任し、2018年6月代表取締役社長執行役員兼セールス&マーケティング本部長に就任。

Text:Top Communication
Photograph:Sadato Ishizuka
Make & hair:RINO