粋な和洋折衷の甘味

江戸時代には旗本の武家屋敷が立ち並び、大正時代には東京で最大の花街として賑わった神楽坂。今も随所に昔の風情が残る、そんな粋な町にある「紀の善」は、遠方から訪れるファンも多い人気の甘味処だ。店内で食べられ、お土産としても人気を博しているのが看板商品の「抹茶ババロア」。深い森のように濃い緑色をした抹茶ババロアに、あんこと生クリームをたっぷり添えた和洋折衷のスイーツである。

戦前は料理屋を営んでいた紀の善が甘味屋に転身したのは昭和23年。長らく定番のあんみつや汁粉を出していたが、平成になる頃に店の建て替えをする際、「何か新しいメニューを出そう」と3代目女将の富田恵子さんが考案した。

「洋菓子屋さんで当時は珍しかった抹茶味のケーキをいただいた際、私のほうがもっと美味しい抹茶菓子をつくれると思いまして。ふと閃いたのがババロア。同時に、あんこと生クリームとの組み合わせもパッと思い浮かんだんです」

まるで天啓を受けたかのような閃きだが、甘味屋で生まれ育った富田さんは勘所もするどい。洋菓子づくりの技術は何一つ持ち得ていなかったが、フランス菓子のレシピ本を頼りに、純フレンチのババロアの技法をあっさり会得したという。

目指したのは「神楽坂に合う粋な味」。そのため、材料にはこだわった。

「うんと上質な宇治の抹茶を、思いっきり使っています。ケチったらいけません」

世の中、見た目は抹茶色なのに味がしないという残念な菓子もあるが、ここの抹茶ババロアは点てた抹茶のように味わい深く、香りも濃密。しゅわしゅわと口溶けがよく、記憶に残る滋味がある。

他では真似できないあんこが決め手

商品名にもなっていることだし、当然のことながら主役は抹茶ババロアだと思っていたが、富田さん曰く「主役はあんこ」。抹茶ババロアは、自慢のあんこの引き立て役にすぎないという。確かに、紀の善のあんこは美味しい。高品質な丹波産の小豆を丁寧に炊いて、

絶妙な加減に潰した粒あんはなんとも口当たりなめらか。アクっぽさやくどさがなく、後味は爽やかでさらりとしているのだ。

「抹茶ババロア、あんこ、生クリームの組み合わせを真似して、よそで商品化されたこともありますが全然平気なんです。うちと同じあんこは他ではつくれませんから」

そう自信たっぷりに話す女将も粋である。

抹茶ババロアは要冷蔵品。別売りの保冷袋に入れて、持ち歩き時間は約2時間。気温の高い季節は持ち歩きにやや気を遣うが、その分、冷たい生菓子はわざわざ持って来てくれた感が高く、感激されるものだ。相手が気心の知れた取引先などであれば、「ご一緒にいただこうと思いまして」と手渡し、その場で一緒に味わうのもいいだろう。

【店主から一言】

「気軽な手土産として、ビジネスマンの皆さんもよく買いに来られます。和洋折衷の三味一体は意外にもすっきりとした後味。どなたに差し上げても喜ばれるようです」(女将)

問い合わせ情報

問い合わせ情報

「紀の善」
東京都新宿区神楽坂1-12
TEL:03-3269-2920
商品:抹茶ババロア
価格:持ち帰りは658円、店内は874円(ともに税込)
販売:一個から
日持ち:2日間
営業:11時~20時(喫茶は19時30分L.O.)、日曜・祝日11時30分~18時(喫茶は17時L.O.) 月曜休み


text: Yoko Yasui
photograph: Hiroshi Okayama