正面玄関に足を踏み入れると、名高い「百段階段」がある。1935(昭和10)年に建てられた木造建築として今も残る百段階段は、その類稀な建築・美術による空間美から、東京都指定有形文化財に指定されているほどで、午前中から見学者が多いことに驚く。
ホテル雅叙園東京の前身、目黒雅叙園のルーツは、創業者・細川力蔵が、東京 芝浦にあった自宅を改築した純日本式料亭「芝浦雅叙園」である。1928(昭和3)年、日本料理と北京料理の料亭として開業。その後、31年に現在の目黒に移り、日本初の総合結婚式場「目黒雅叙園」として人々に親しまれてきた。そのシンボルともいえるのが、館内を絢爛豪華に彩るこうした日本美の文化財の数々である。
ホテル雅叙園東京が今年90周年を迎えるにあたって打ち出したコンセプトは、“日本美が詰まった唯一無二のミュージアムホテル”。館内の随所に配された色鮮やかな日本画は700点余り。木彫板、組子、螺鈿細工といった美術・工芸品を含め約2500点もの文化財で埋め尽くされている。これだけ贅をこらした美術・工芸品がいい状態で保存され、独自のスタイルを形作っているホテルは、ほかに例をみないだろう。
さらに、玄関から鮮やかな彩色木彫板に彩られた回廊を進んでいくと、竜宮城の入口を思わせるエントランスに辿り着く。
自然光を巧みに取り入れた館内は、明るい吹き抜けになっており、開放的なレストランやカフェ&バーが並ぶ。庭園には樹木や錦鯉が泳ぐ池、滝をダイナミックに配し、心地よいマイナスイオンが満ちている。やや奥まったところに茅葺き屋根の瀟洒な一軒家仕立ての日本料理「渡風亭(とふうてい)」が控えていて、まるでジオラマのような世界。そこを人々が行き交い、ゆったりと集うさまは、海外の高級リゾートホテルとは一味違う、独特な趣がある。
静謐な客室で過ごす至福の時間
精緻な螺鈿(らでん)細工の孔雀が華やかに舞う、宿泊者用のエレベーターで最上階のフロントへ向かう。
扉が開くと、そこは人々がさんざめく階下とは打って変わって静謐で落ち着いた空間が広がる。和服姿のスタッフがにこやかに迎えてくれ、エグゼクティブラウンジ“桜花”に案内される。17時まではこちらでウエルカムドリンクや、抹茶、お菓子などをいただきながらチェックインができるのだ。
客室は「和敬清心」をコンセプトに、侘び寂びを意識した和モダンな茶室をイメージ。柔らかな自然光が射し込む大きな窓からは、目黒の街並みや緑、眼下には目黒川の桜並木が眺められる。春ともなれば、目黒川に面した客室は、予約が早々に埋まってしまうという。
「エグゼクティブスイート」を中心に、120平方メートルの「アンバサダースイート」、240平方メートル「雅叙園スイート 紅葉」など、オールスイートルームとなっていて、国内外の富裕層、エグゼクティブを迎えるのにいい仕様なのだ。
それに加えて、畳の部屋(和洋室と和室)もあるのが特徴である。これはもともとあった和室を残したものだが、海外のゲストや結婚式での家族利用といったニーズにも、きめ細やかに応えることができる。
広々とした大理石のバスルームは、全室ジェットバス、スチームサウナ、シャワールームを備えており、ステイに安らぎをもたらしてくれる。
宿泊者限定ミュージアムホテル体験プログラム
日本美が詰まった唯一無二のミュージアムホテルを体感してもらうのと、宿泊者のためのゲストアクティビティを用意している。
館内に点在する夥しい美術品の数々を、ゲストサービススタッフの解説付きで巡る「雅叙園アートツアー」をはじめ、ミュージアムのような和室宴会場ホワイエで、優雅にヨガが楽しめる「モーニング・アートヨガ」。さらには、ホテル周辺の仏閣を巡る「目黒仏閣ウォーキングツアー」など、ここならではのアクティビティが用意されているのだ(いずれも要予約)。
なかでも、宿泊客だけが参加できる朝の「雅叙園アートツアー」が素晴らしい。ガイドは日本語と英語対応。普段は見られない神殿や和室宴会場、レストランの個室を巡りながら、歴史や作家にまつわる丁寧な解説とともに美術品を鑑賞できる。所要時間は1時間30分。終わった後は、美術館を巡ったような快い高揚感があった。
部屋に戻って、もう一度シャワーを浴び、チェックアウトに向かう頃には心身がすっかりリフレッシュ。都心での1泊2日とは思えぬ深い満足感は、圧倒的な日本美の眼福。そしてはホスピタリティに満ちたステイの醍醐味にある。