ロールス・ロイス初のSUV
「スーパー・ラグジュリーなライフスタイルに欠かせないクルマです。しかしいま、ラグジュリーとは都会だけのものではありません」。ロールス・ロイスはSUV「カリナン」発売のタイミングでこのように述べている。
カリナンは6.75リッターと大排気量の12気筒エンジンに、フルタイム4WDシステムを組み合わせたロールス・ロイス初のSUVだ。前輪を駆動するモデルという点でも市販車としては、これが初なのだそうだ。
昨今のSUVブームはいまだに拡張を続けている。そのため小型車からこのように高級大型車にいたるまで、さまざまな分野でSUVが発表されている。そのひとつの極に位置するのがカリナンである。
試乗会の場所は米ワイオミング州だった。西部劇の舞台で使われる土地だそうで、そう遠くないところにイエローストン国立公園もある。もちろん舗装路がちゃんとあるし文化的な生活が営まれているのだけれど、イメージとしてはワイルドウェストである。
ロールス・ロイスがカリナンのテストドライブの拠点としたのはジャクスンホールだ。ここは米国の富裕層に人気の街で、多くのひとがプライベートジェットでやってくる。住民登録しているひとは1万人に満たないのに空港がやけに大きいのは、そういう理由なのだ。
ワイルドなイメージのリゾートというのが、カリナンにぴったりなのだろう。ジャーナリストは、丘のうえから平野と遠くの山岳を見渡せる高級リゾート「アマンガニ」に招待され、そこから試乗に出発した。
カリナンは「楽ちんに、どこででも」というロールス・ロイスのクルマづくりの哲学に忠実に開発されたと同社では強調する。実際に最初のコースであるスキー場のスロープのサービスロードを上っていくとき、それがよくわかった。
岩だらけの急勾配の道を上るにあたっては、「オフロード」というボタンを一回押すだけで、エンジントルク、サスペンションによる車高、ステアリングなどがオフロードモードになる。
「ドライバーは何も気にしなくていいのです」。私の車両に同乗したロールス・ロイスのインストラクターはそう語った。
きつい曲率を持つカーブでは切り返しが必要になるが、それもカリナンではかなり楽だ。いちど停止したあと、ステアリングホイールをめいっぱい切ると、後輪が逆位相を向き、車体の回転半径が小さくなり、意外なほど小回りが効くようになる。
この四輪操舵システムのおかげでカリナンは5340ミリもの全長にかかわらず、狭い道でも困ることはなかった。850Nmもの最大トルクも適切に制御され、一般の路上ではかなりの加速力を見せるいっぽう、オフロードではうっかりアクセルペダルを強く踏み込みすぎても車両が“暴れる”ようなことはないのだ。
ロールス・ロイスはどこでもロールス・ロイス
カリナンで感心したのは、着座位置こそ高いが、運転席まわりのイメージはセダンとほぼ同じということである。ロールス・ロイスはどこでもロールス・ロイスなのだという世界観の表れだと感じた。
クロームとウッドとレザーで飾られた運転席まわりには、スイッチ類が(いまの水準からすると)かなり多い。「昨今の流行のようにタッチスクリーンを活用してスイッチを減らそうと思わなかった?」という私の質問に対して技術者は「オフロードではむしろ物理的な操作のほうが安全と考えたので」と回答してくれた。
なにはともあれ、クロームのスイッチ類はロールス・ロイスでおなじみのものなので、オーナーとしてはプライドをくすぐられるだろう。
ロールス・ロイスはカリナンがどんな姿でどんな目的で作られたクルマであるにせよ、ほかのモデルとの共通性を失ってはならないとしている。それが端的に表れているのが乗り心地である。
「マジックカーペットライド」と称される、路面状況にかかわらずフラット(揺れすぎない)で快適な乗り心地を提供しようという思想は、カリナンでも実現されているのだ。オンロードではサスペンションのストローク感の不足を感じなかったし、オフロードでは路面の凹凸で揺さぶられることも稀だった。
セダンなみにぜいたくなしつらえの室内は後席乗員もまるでリムジンのようにもてなそうと作られている。シャンパンクーラーのオプションまで用意されている。荷室は広いし、室内へのトランクスルー機能もあるが、スキーよりも高級シャンパンのほうが似合いそうだ。
小川 フミオ/Fumio Ogawa
慶應義塾大学文学部卒。複数の自動車誌やグルメ誌の編集長を歴任。そのあとフリーランスとして、クルマ、グルメ、デザイン、ホテルなどライフスタイル全般を手がける。寄稿媒体は週刊誌や月刊誌などの雑誌と新聞社やライフスタイル誌のウェブサイト中心。