「今はアメリカをはじめ世界的に日本酒がブームですから、海外からお客様がいらっしゃったときに日本酒を差し上げたら絶対に喜ばれます」。そう話すのは、ニューヨークで日本酒のPR会社「Sake Discoveries」を運営する、唎酒師(ききさけし)で代表の新川智慈子さん。海外でのニーズに詳しい新川さんが、世界の流行の発信地であるニューヨークの日本酒事情とともに、外国人のお客様へふるまう酒の賢い選び方を教えてくれた。
まずは、ニューヨークの日本酒事情から。「ここ数年、ニューヨークでは日本食レストランの専門化が進んでいます。鮨店をはじめ、焼き鳥店に鰻店。どこでも日本酒は人気で、それぞれの料理に合う酒が求められるようになりました。価格帯も料理の質においてもハイエンドな店が増え、それに伴って高級な日本酒を求める方も増えていますね」と新川さん。いまや三ツ星クラスのフレンチレストランでも日本酒は欠かせない存在。ワインを専門とするソムリエの中には、日本酒に魅了され、山廃仕込みや生酛造りなどの専門的な知識を熱心に学ぶプロも多いという。
「18年1月には、2人のアメリカ人が独学で酒造りを学び、ニューヨーク初の酒蔵“ブルックリン・クラ”をオープンさせました。タップバーもあり、昼間からニューヨーカーが気軽に飲みにやってくる人気店になっています」との現地情報も。さらに、ニューヨークに急増中のラーメン店でも日本酒はもはや定番だというから、日本以上に楽しみ方は多様化しているようだ。
日本酒はコミュニケーションツールと心得る
では、いよいよ本題に入ろう。外国人のお客様には、どのような日本酒を選ぶと喜ばれるのだろうか。新川さんに教えてもらった。
「ずばり、信頼できるメジャーブランドの酒です。いくら世界的に日本酒がブームとはいえ、新進気鋭のマニアックな蔵元の酒では、いくら美味しいとはいっても相手は知らない可能性が高く、印象に残らないでしょう。ビジネスツールとして考えるなら、“おお、八海山か! どこそこで飲んだことがある”という話が相手から引き出せるよう、誰もが知っているブランドを選んで会話の糸口にするべきです」
メジャーな蔵元の酒なら、生産量が多く、品質も安定している。広く出回っているため地方でも買い求めやすい。何より、自分にとっても耳に覚えのあるブランドならば、どんな酒かを説明しやすいだろう。今回、新川さんが薦めてくれたブランドは、天狗舞、八海山、南部美人に大七だ。
「いずれも海外で日本酒がブームになる前から積極的に進出してマーケットを開拓してきた蔵元のブランドです。そのため海外での認知度が高く、アメリカではニックネームもついているほど。天狗舞なら“dancing goblin”、八海山は“eight peaks”、南部美人なら“southern beauty”、大七は“big seven”。そのようなニックネームを会話に織り交ぜながら差し上げれば、いいコミュニケーションがとれるはずです」とのアドバイス。そして、「メジャーブランドのなかから、エグディクティブ層に見合う特別感を演出できる銘柄を選ぶとより効果的」だという。
実際、新川さんなら何を選ぶのか。銀座のラグジュアリーモール「GINZA SIX」内にある酒販店「IMADEYA」にて目利きが選んだ4本を紹介しよう。
シャンパンに負けない上質な「乾杯」酒
「南部美人 純米吟醸 あわさけスパークリング」
「見た目はシャンパン。でも、“実はこれ、日本酒なんです”とお客様にすすめたら驚かれること間違いなしの1本です」。そう言って新川さんが選んだのは、岩手県の蔵元「南部美人」が苦心の末に完成させた純米吟醸の発泡性タイプだ。
フランスはシャンパーニュ地方の銘酒・シャンパンと同じく瓶内二次発酵させた「あわさけ」は、グラスに注いだときにシャンパン同様の美しい泡がスーッと一筋立つ。世界一おいしい市販酒を決めるイベント「SAKE COMPETITION」の発泡清酒部門において、2017年、18年と2年連続で1位を獲得した栄えある銘柄でもある。
「ひと昔前までスパークリングの日本酒といえば、カクテル感覚で甘いタイプが主流でしたが、近年は本格的な発泡酒が増えています。とりわけ、南部美人の“あわさけ”はドライで爽快。全体のバランスも素晴らしく、初めて口にしたときに衝撃を受けた1本です。シャンパンに一家言持つ方にも確実に喜んでもらえるはずです」
アート好きに刺さる八海山のスペシャルボトル
「純米大吟醸 八海山 金剛心」
次にすすめてくれたのは、ユニークなボトルが目を引くこの1本。八海山の季節限定品「純米大吟醸 八海山 金剛心」だ。「八海山はニューヨークでも大人気。“金剛心”は、夏と冬にリリースされる季節ものなので、お客様に“八海山の季節限定品、スペシャルな1本です”と忘れずに伝えましょう」
新潟の米処・魚沼で醸す八海山はおしなべてさらりとしたクリーンな飲み口が特徴である。そのため、万人に喜ばれるブランドだと新川さんは断言。
「金剛心は2年かけてじっくり熟成した酒なので、八海山ブランドのほかの銘柄に比べると独特な風合いがあります。とはいえ、そこは八海山。ファンキーな熟成感ではなく、深い雪のなかで寝かせた、雪どけ水のような清らかな味わいです」
なお、冬にリリースする酒は重厚な黒、夏は涼しげな青いボトルに詰めて販売される。壺のようなルックスが話の種にもなるので、アート好きな方にぜひ。
世界的に名声ある蔵元の、ワイン派も唸る一本
「大七 頌歌 純米大吟醸」
福島県の大七酒造は1752年の創業以来、伝統的な生酛造りを貫いている。一見、保守的な印象を受けるが、いち早く海外進出を果たした意欲的な蔵元である。
「オランダでは王室の晩餐会で供されています。フランスでも活躍。日本を代表するグローバルブランドとして名を馳せています」
「頌歌(しょうか)」は、大七の数ある銘柄のなかでもハイクラスの純米大吟醸だ。一般的に純米大吟醸は精米歩合にこだわるもので、雑味をなくすために思いきり米を磨く蔵元もある。
しかし大七酒造は、独自に開発した最新の超扁平精米技術により、米の輪郭に沿って余分な部分だけを削ることができるので、50%までの磨きで米の旨みを存分に引き出した純米大吟醸を造ることができる。「“頌歌”は、米の旨み、飲んだときの柔らかさ、エレガントさ、長いフィニッシュが感じられます。ワインに通ずるニュアンスがあるので、ワインにこだわりのある方に気に入っていただけるはずです」
天狗舞の蔵元が醸す、日本の文化が詰まった1本
「天狗舞 MUSASHI 純米大吟醸」
「石川県にある天狗舞で有名な車多酒造といえば、山廃仕込みで有名な蔵元です。このMUSASHIは山廃仕込みではないものの、麹力が感じられボディもしっかりしているので、重厚なワインが好きな方にも喜ばれます」
限られた酒販店でしか扱っていないという希少性に加え、キャッチーな名前と木箱入りのモダンなボトルデザインも話の種になる。じつはこれ、放送作家の小山薫堂氏がプロデュースして世に送り出した商品だ。コンセプトは“天下無双の剣豪・宮本武蔵が用いた装飾のない刀のツバのように気高く”だ。ラベルには、石川県が誇る工芸品、金箔が施されている。シンプルかつ贅沢な1本だ。ボトルを手にして、日本の歴史的人物と伝統文化をお客様に語ることができたら、その後のコミュニケーションがうまくいくに違いない。