言外のメッセージを色に乗せる
万年筆で使うインクの色といえば、これまでは「黒」や「ブルーブラック」と相場が決まっていた。しかし最近では、ピンクやグリーンなどカラフルなインクを楽しむ人も増えているという。
東京・蔵前にあるインク専門店「インクスタンド バイ カキモリ」では、万年筆用インクを好みの色にオーダーし、自分だけの色をつくることができる。
「お客様のなかには、希望する色を明確にイメージされている方もいらっしゃいますが、半数以上の方は『色をつくるのが楽しそう』と来店されます」。こう話すのは、店長の菅原香織さんだ。
万年筆で書いた文字からは、書く人の息づかいが聞こえてくる。そしてインクの色は、書き手自身の個性を表すと同時に、「読み手に届けたい思い」を表現する手段にもなる。ならば、ビジネスシーンで使うインクの色も、相手や目的に応じてもっと自由に、もっと軽やかに選びたいものだ。
そう伝えると、菅原さんがにこやかにうなずいた。
「そうですね。最近はビジネス上のマナーも多様化していますから、“色”というツールを、豊かなビジネス・コミュニケーションのために役立ててほしいと思います」
そこで編集部では、いくつかのシーンを想定して、ビジネスツールとしてのカラーインクを調色してもらうことにした。
つくり方は、まず17種の「ベースカラー」の中から、作りたい色のイメージに合わせてベースインクを3色ほど選ぶ。そしてミニカップの中に、一滴ずつ色の変化を見ながら調色し、イメージする色に近づけていく。
「普段、お客様のオーダーに応じて調合する場合には、相手の方のイメージの手がかりとなるもの、例えば『海が好き』とか、好みのネクタイの色などを教えていただきます。過去には、退職される上司へのプレゼントとして、会社のコーポレートカラーをオーダーされた方もいらっしゃいました」
リタイアを迎えた先輩へのはなむけに、感謝の気持ちとともに「時には私たちのことを思い出してください」という思いを込めてオリジナルインクを贈る……「色」とは、かくも豊かなコミュニケーションツールなのだ。
相手の表情や、伝えたい言葉が浮かんでくる
「転職を決意した後輩への手紙」「社外の人にあてた暑中見舞いの手紙」という設定で、オーダーを伝えると、菅原さんは少し考えて、いくつかのボトルを選び出した。
「部下への手紙や季節の挨拶の場合には、あまり堅苦しく考える必要はないと思います」
スポイト式のキャップを外し、インクを1滴カップに入れる。次に別の色を1滴……ガラス棒を使って混ぜ合わせると、みるみるうちに色が変化していく。
試し書きの色を見ながら、さらに要望を伝えて色を調整してもらう。こうしたやり取りを何度か繰り返すうち、しだいに「欲しい色のイメージ」が明確になっていく。それぞれ調色してもらったが、いずれもイメージ通りの色に仕上がった。
さらに、予想していなかった発見もあった。色を調える過程で、手紙を送る相手の表情が浮かび、書きたい言葉がわきあがってくる……これまでに感じたことのない、新鮮な驚きだった。
今回の取材では、スタッフにイメージを伝えて調色してもらったが、インクスタンドでは、インクを自分の手で調合して、自分だけのオリジナル色をつくることもできる。「思い」を伝えるビジネスツールとして、ぜひ利用してみてはいかがだろうか。
【染料インクと顔料インクの違い】
<染料インク>
市販の万年筆用インクは、ほとんどがこのタイプ。発色が良く、色のバリエーションも豊富。メンテナンスが容易というメリットがある反面、退色しやすく水に弱いという欠点もある。紙に書いた字を、濡れた指で触るとにじんでしまう。
<顔料インク>
インクスタンドで使用しているのが、このタイプ。紙にしっかり固着し、乾燥後は光による退色や、水によるにじみに強く、線を描いた上から水彩絵の具で着彩することもできる。一方で、乾燥すると固まってしまい、ペン先が詰まってしまうといったデメリットがある。
問い合わせ情報
インクスタンド バイ カキモリ(inkstand by kakimori)
2010年に総合文具店・カキモリがオープンし、2014年に姉妹店としてオープンしたインク専門店。17色のベースカラーとうすめ液を調合して、自分の好きなカラーのインクをつくることができる。
住所:台東区蔵前4‐20‐12クラマエビル1F
アクセス:都営浅草線「蔵前駅」より徒歩3分、都営大江戸線「蔵前駅」より徒歩5分
営業時間:11時~19時
休業日:月曜日(祝祭日の場合は営業)
TEL:050‐1744‐8547
text:Akira Umezawa
photograph:Tadashi Aizawa