フェラーリに乗らない理由はなんだろうか。なんて訊かれると、オカネを理由にあげるひとは多いだろう。ではオカネがあったらフェラーリに乗るか。と、尋ねられた際、即座に首を縦にふれるか。そんなひとをフェラーリはいま増やそうとしている。

私が先日、フェラーリの、新世代のミドシップV8スポーツモデル「F8トリブート」にイタリアで試乗したさい、フェラーリの開発陣はさかんに「これまでフェラーリに縁のなかった層にもアピールしたい」と語っていた。

日本で7月に発表された「F8トリブート」は、では、従来のフェラーリとそれほど違っているか。答えは、イエスであり、そしてノーでもある。

ノーの部分、つまり、従来のフェラーリと違っていない、という点では、スポーツカーとしての性能が、従来の488GTBよりはるかに向上していることがあげられる。

3902ccの90度V型8気筒エンジンの最高出力は「488GTB」の670CV(493kW)から720CV(530kW)に、最大トルクも10Nm増えて770Nmになった。

対して車重は40キロ軽くなり、コーナーからの脱出速度は6パーセント上がっている。720CVのパワーは、数値からいうと、488シリーズの最高峰、「488ピスタ」(ピスタは伊語でレース場の意味)と同等だ。

車体の安定性を上げるため、ボディの空力が大幅に改良されているのも、スピードの追求をずっと続けてきたフェラーリのクルマづくりの延長線上にある。

たとえば、フロントのSダクトだ。タイヤを路面に押しつけてコーナリング中の安定性を増すために、フロント下部にレースカーを思わせる開口部を設けて、ダウンフォースを生む風を取り込み、そののちスムーズに車体から抜けていく設計を採用している。

いっぽう、冒頭の質問に対するイエスの部分、つまり、大きく変わったのは、乗りやすさだ。

「F8トリブート」では、快適性も「488GTB」から大きく向上させたことも強調されている。フェラーリの考える快適性とは、シャシー性能の高さと言い換えられそうだ。

シャシー性能とは、電子制御技術も積極的に採用して、安全マージンを引き上げていることである。私が身をもって体験したのは、あいにくの雨に見舞われた試乗当日だ。

フェラーリ本社に隣接したフィオラノのテストトラックを走ったが雨天でもすばらしく安定していた

フィオラノというフェラーリ社内のテストトラックでの試乗もプログラムの一部だったのだが、コースは水たまりが出来るほど。気落ちしていると、最初にコースを案内してくれたフェラーリのテストドライバーが、ドライブモードセレクターをウェット(濡れた路面)モードにすればなんの問題もない、と言う。

たしかに、スポーツモードではトルクがありすぎて後輪が空転しそうな路面でも、車載コンピューターが適切に出力をコントロールしてくれる。

「ウェットモードなら思いきりアクセルペダルを踏んでも大丈夫ですよ」。テストドライバーの言葉どおりで、水たまりに突っ込むようなことを避ければ、じつに安定した走りが楽しめるのだ。

しかも、ウェットモードといっても、意外なほどパワーが出る。カーブから立ち上がってタイヤがまっすぐなのを確かめてアクセルペダルを強く踏み込めば、フェラーリの名に恥じない弾けたような加速性能が味わえるのだった。

フェラーリ本社のあるエミリオロマーニャ州は山岳路にめぐまれている(左)/独特の造型感覚でデザインされたコクピットは機能的でもある(右)

マラネロを出発してモデナやボローニャなど、中部イタリアのエミリオロマーニャ地方の山岳路や高速道路を走ったときも、ウェットモードとスポーツモードを使いわけて、けっこうなペースでとばしていける。

イタリア人は路上で私の乗った「F8トリブート」を見つけると、ほぼ例外なく笑顔で手を振ってくれる。生まれ故郷は、フェラーリに乗る喜びがいっそう大きくなる舞台なのだ。日本でも、オーナーにこういう“ごほうび”が与えられるといいのに、とこのときも思った。

フェラーリは、いまミドシップV8モデルの体系の見直しに着手していて、「F8トリブート」の上に、1000CVで4輪を駆動するプラグインハイブリッドのスーパースポーツモデル「SF90ストラダーレ」を発表した。

V8スポーツの新時代の幕開けといったかんじだ。「F8トリブート」はその先駆けである。日本での価格は3328万円(税込)だ。

小川 フミオ/Fumio Ogawa
慶應義塾大学文学部卒。複数の自動車誌やグルメ誌の編集長を歴任。そのあとフリーランスとして、クルマ、グルメ、デザイン、ホテルなどライフスタイル全般を手がける。寄稿媒体は週刊誌や月刊誌などの雑誌と新聞社やライフスタイル誌のウェブサイト中心。

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