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――ビジネスマンにとって服装とはどんなものでしょうか?

人との関係性を円滑にするもの、つまり非言語のコミュニケーションツールの一部だとは思います。社内外での信頼を得るため、スーツやしっかりした服装が大事です。

また、外面だけではなくて、内面的なパワーをどれだけ与えてくれるかという要素も服装には求めたいですね。自分の気持ちを盛り上げてくれる力が服装にはあります。

――そもそもファッションに興味を持たれたのは、何歳ですか?

中学校は制服でしたが、なんとなく興味が出てきてファッション誌を読みはじめました。わたしは1971年生まれですが、当時はファッション誌が少なかったので『FINE』のメンズ版が創刊した時は飛びつきましたね。

そのあと私服登校可能な私立高校に進学したのですが、当時流行ったキレカジなど、好きな服装のテイスト毎にグループが形成されていました。服装がコミュニケーションツールであるということを如実に物語っていますよね。お互いの服装を認め合った瞬間に仲良くなるようなことが誰にでもあると思います。「それ、いいね。どこで買ったの?」とかね。だから、高校生の頃から服はコミュニケーションツールであるとなんとなく考えていました。放課後などによく足を運んだ渋谷は当時、アメカジブーム以前でストリートの雰囲気はまだ漂っていませんでした。どちらかというと私学に通うキレイ目の男子たちが集まってお茶をしているような、平和で上品な空気感だったように思います。チーマーやガングロ文化が流行する前の渋谷ですね。

――当時好きだったブランドは?

セレクトショップの「シップス」や「ビームス」によく行きました。「キャシディ」や「ナムスビ」、あと古着屋なんかにもよく行っていましたよ。アメカジ系ときれい目系の服が好きでした。裕福な子たちは「ラルフローレン」のブレザーを着たりしていましたが、私は古着屋さんで掘り出し物のブレザーを探していました。

――社会に出て、ビジネスの中でコミュニケーションツールとしての服のパワーを実感したことがありますか?

戦略コンサルティングの企業に勤めていた30代の頃、偉い人たちの前でプレゼンテーションをすることに苦手意識を感じていました。そこで、いいスーツを仕立て、いい靴を履いて本番に臨むことにしました。すると、自分を取り巻く空気感がガラッと変わったように感じました。それまでうまくいかなかったプレゼンテーションが、嘘のようにうまくいくようになりました。服からパワーをもらっていると感じましたね。

――相手のお国柄を考えた服選びなどもなさるのですか?

そうですね。アメリカのノースカロライナで働いていたことがありますが、そこで自分らしさと寛容性の両立がグローバル社会で生き抜くためには欠かせないと学びました。そこは典型的なアメリカの田舎という感じで、寂れてもいないですが、ニューヨークのように都会でもない。デニムの人も多いですし、仕事中もスーツではなく、カジュアル。ジャケットすら着ていない人もいました。そういった土地柄に合わせる必要はありませんが、自分のスタイルを突き通すだけではコミュニケーションという観点でみると不適切でしょう。相手にシンパシーを感じてもらったり、受け入れてもらえたりするように、上手に違いを出していかなくてはなりません。違いを生かし、異質なものが混ざり合って、よりよいものを作っていくことをめざすのが、我々のようなグローバル企業のあるべき姿でしょう。

――ビジネスシーンでのカジュアル化が進んでいますが、そうした社会の流れをどう考えていますか?

私の働いているIT業界では考え方だけでなく、ファッションの面でも伝統的な企業群と新進気鋭の企業群との二つに分けることができます。今日は勝負服の取材ということでスーツを着ていますが、近頃は平日でもスーツを着る機会よりセットアップのことが多いです。