――阪急電鉄から異なる百貨店業界に入った際の第一印象はどうでしたか。

電鉄業もある種、同じサービス業。違和感はなかったものの、サービスに対する考え方は大きく違っていました。というのも電鉄は安全第一。混乱を避けるため組織のヒエラルキーが厳しく、自分で勝手な判断はせず、上からの指示を仰ぐことが常です。

一方、百貨店は、例えば雨が降ると傘を売り場の目立つ場所に移動するなど、各自の判断で臨機応変な対応が求められます。その分、お客様の反応もすぐにわかるので、電鉄時代の仕事とは、また異なる緊張感があり、魅力を感じました。ただ、実際に物を売ったこともなく、まして最初の研修は婦人服売り場。初めての経験に正直、最初は戸惑いました。

――そのような状況をどう克服したのでしょうか。

売り場に迷惑をかけたくない、でもどうすべきかわからない。思い悩んでいると、お取引先から派遣された女性販売員の方がこうおっしゃってくれました。

「百貨店に来るお客様は、基本はお買い物がしたくていらっしゃっている。その方々にいかに気持ちよくお買い物をしていただくか。それこそ、私たちの役目。そして女性は異性の目も気にするので、男性から見た感想をお客様に伝えて差し上げることも大切ですよ」。

この言葉のおかげで、一気に肩の荷が下りました。男性視点でお客様の魅力的な部分を伝え、ショッピングを楽しんでいただけるようにしたら、少しずつ接することができるようになり、徐々に自信もついてきました。

――ファッションに関して、男女で異なると感じた点はありますか。

男性は同伴者や奥様に意見を聞いたり、すべて任せて決めてもらうか、あるいは逆に非常に知識とこだわりをお持ちで買い物を積極的に楽しまれるか、二極化しているようです。

うちの紳士服の売り場に評判のバイヤーがいて、彼と話をすることが目的で売り場にお越しになる方も。そういう方は1~2時間は洋服談義で話し込んで楽しんでいらっしゃいますね。

――パリコレに長く足を運ぶなど、海外の経験も豊富です。海外に出て感じたことはありますか。

そうですね、今も思い出すのは、9.11のテロの直後、2001年の9月末から開かれたパリコレでの出来事です。当時は常務でして、他の百貨店は渡航禁止令が出て、ほとんど欠席されていたのですが、私は出かけることにしました。すると欧米のラグジュアリーブランドのトップが本当に喜んでくれて。

もちろんコンプライアンス的に社長であれば難しいかもしれませんし、議論もあるでしょうが、あの時に行ったことで、得られたことも大きかった。海外の人たちこそ、人と人との関係が大切だと感じました。

――ちなみに阪急電鉄時代はどのような服装だったのですか。

最初の1年間、車掌や運転士としての現場研修をした際は制服です。その後、一般職になるとわりと地味なスーツスタイルを好む人が多かった中、比較的、色目の綺麗なネクタイなどを締めていた気がします。百貨店の方に比べれば、もちろんまだ大人しいものでしたが。思い返すと、元々、ピンクやパープルなど、明るめの色が好みでしたね。

――特に社長に就任されて以降、ビジネスの場では必ずスーツを着用するとうかがっています。スーツへのこだわりにはどのようなものがありますか。

うちのバイヤーに勧められたことがきっかけで、ストライプ柄を選ぶことが多いです。銀座店の5階にある「アトリエメイド」でオーダーしています。プロフェッショナルの意見を取り入れ、あつらえたスーツは、既製服とは満足感が全く違う。着ると実際、しっくりきます。同時に、サイズ補正が後々可能とはいえ、納得のいくように仕立てたスーツをずっと美しく着こなしたいと、運動に励んだり、自身のコンディションに気をつけることにも繋がりました。おかげでここしばらく体型の変化もありません。一石二鳥ですね(笑)。

――最近のご自身のファッションについて、何か気をつけていることはありますか。

中高一貫の母校に橋本武先生という有名な国語教師がいらっしゃった。100歳を過ぎてすでに亡くなられましたが、受験校でありながら人間教育を重視するユニークな方でした。私が中学生のとき、教頭だった橋本先生の授業が週に1回だけあったのですが、ある日、友人の一人が赤いシャツを着て登校すると「若い子が、そんな明るい色を着るものではありません」と注意されました。

学校は私服通学で、先生ご自身、宝塚が好きで赤いシャツなどよく着てらした。だから意外に思い、そのときおっしゃった「我々みたいに年を取ると、赤い色からエネルギーを得たり、少し若く見えたり、そんな効果を期待するものなのです」という言葉が耳に残っています。

当時、先生は60歳前後だったでしょうか。つまりは「若いときはエネルギーが身体中から発散しているので、わざわざ赤など着る必要はない」といったことなのでしょう。その意味を自分が年齢を重ね、ようやく理解できるようになりました。今後は意識して、顔映りのいい明るい装いを心がけようと思います。

秋田正紀/Masaki Akita
松屋代表取締役社長執行役員
1958年、兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。83年阪急電鉄(現阪急阪神ホールディングス)入社。91年松屋入社。取締役MD統括部長等を経て2007年より現職。

text:Hirofumi Tomonaga
photograph:Hiroshi Noguchi
hair & make:Tetsuya Sawada