頭取秘書の地味スーツ
今、持っているスーツを1軍、2軍、3軍で分けています。価格帯でいえば15万円、7万円、5万円のクラスです。職場に伊勢丹さんが定期的にスーツの販売に来るので、その機会に購入しています。
公式の場で話をするときは1軍の2着が活躍します。それ以外のときは2軍か3軍で、それぞれ5~6着持っています。講演や社内の公式行事が重なると1軍が足りなくなって、2軍から借りてくることも(笑)。
私のビジネススタイルの基本は紺のスーツと白ワイシャツです。キャリアをスタートした日本債券信用銀行(日債銀)で仕込まれました。29歳で頭取の秘書になったとき、紺のスーツと無地の白ワイシャツしか身に着けてはいけないと言われ、それ以外のスーツ、シャツはお蔵入りにしたのです。秘書に求められるマナーも厳しく、一度、頭取の前で脚を組んでひどく叱られた経験があります。
日債銀が破綻し、34歳でドイツ証券に転職すると、派手なスーツに200万円の腕時計をし、ポルシェに乗るような社員がいる中で、私の格好は地味すぎて浮いてしまいました。
ドイツ証券はプロフェッショナルな世界でした。初日に夜11時まで仕事をし、上司が歓迎会をやろうと焼鳥屋に行くと、店主が「きょうは早いね」と。常に数字を求められ、成績が出ないとクビです。同僚が突然いなくなり、別れの挨拶さえできません。厳しい世界で生き抜くには、高級な腕時計やクルマが見える対価として必要なのかもしれませんね。
大震災で気づいたDNA
私の仕事のモチベーションは少し違います。それにはっきりと気づいたのは東日本大震災のときでした。ロイヤルグループから29人の社員が被災地の炊き出しに1週間参加しました。被災した人たちが毎日、冷えた食事しかしていなかったので、温かい煮込みハンバーグなどを毎日850食提供し、とても喜ばれました。
私から見たら完璧なオペレーションでした。ところが炊き出しが終わった後、スタッフみんなで「お母さんが自分と子どもの2つのトレーを持っていて大変そうだった」などと反省点、改善点をずっと話し合っていたのです。尊いと思いました。ロイヤルのDNAです。私の経営者としての仕事は、そのDNAが最大限に発揮される環境を整えることだと気づいた瞬間でした。
愛犬~一緒に散歩しているとアイデアが浮かぶ相棒
菊地唯夫/Tadao Kikuchi
ロイヤルホールディングス会長兼CEO
1965年、神奈川県生まれ。88年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)入行。2000年ドイツ証券東京支社入社。04年にロイヤルグループ入社。10年に社長就任。16年から会長兼CEOに就任。
text:Top Communication
photograph:Tadashi Aizawa
hair & make:RINO