【池田】川上先生がオシャレに目覚めたのはいつ頃だったのですか。

【川上】繊維関係の会社を経営していたこともあってか、父親は身だしなみに気を遣う伊達男でした。その影響なのでしょう、5人いる姉たちがやはりオシャレで、僕が出かける時に気の抜けた格好をしようものなら、上から下まですべて着替えさせられてしまう、そんな環境で育ちました。父は常日頃から「きちんとした身だしなみをしなさい」「ちゃんとした格好をしていれば、周囲の人がそれに見合った場所に連れて行ってくれるよ」とことあるごとに、家訓のように口にする人だったので、僕も気づかぬうちに着るものに興味を持ったのだと思います。

【池田】お父様のファッションで印象深い思い出はなんでしょうか。

【川上】27歳で学者になった時には「前に立つ人間にふさわしいスーツを一着持っておけ」と、ヒューゴ ボスのスーツを買ってくれました。すでに他界しましたが、自分の死期を悟った時に姉に「この洋服で送り出してほしい」と頼んでいたらしく、凛とした姿でお棺に納まっている、そんな父でした。

【池田】教壇に立つ時もスーツですか。

【川上】大学や学術関係の世界は、どちらかと言えばファッションに無頓着。何を着ても構わないので、普段はニール バレットを好んで着ています。ニール バレットとの出合いは、30代の頃。グッチやプラダで研鑽を積み、その後サムソナイト・アクティヴウェアやプーマとのコラボレーションなどでも活躍しているので、名前を知っている人も多いのではないでしょうか。

【池田】ニール バレットのどんな服を?

【川上】ナイロン地のセットアップなどをよく着ていますが、移動時間が長い時などはシワを気にしなくていいですし、自分の体型に合っているので好んで着ています。ただカジュアルですから、仕事を通じて会社の経営層の人たちと会う機会が増えてきた時に、自分に合うスーツが必要になりました。

【池田】ニール バレットはモード系のカジュアル服が中心ですから、ほかのブランドを選択肢として考えたのですね。

【川上】父に叩き込まれた身だしなみへの教えが蘇ったとでもいうのでしょう。歳をとるにつれて、著名な経営者の方々に会う機会が増えました。そうした方々とお会いするのに、やはりニール バレットでは少しカジュアルですよね。身だしなみは、自分が何を着たいかより、相手の立場を尊重することだと思っているので、例えば70歳を超えたビジネス界のレジェンド経営者に会う時でも失礼にならないスタイルにしようと思いました。

「スーツに負けないようにすると、どうしてもシャツもトム フォードになるんです」。熱く語る川上氏

【池田】そこで選択したのがトム フォードだった理由は何ですか。

【川上】「このブランドのスーツを着よう!」と思ったのは、映画『シングルマン』の影響が多分にあります。主役が大学教授というストーリーが気になり、ふらりと見に行ったところ、トム フォードに身を包んだコリン・ファースが格好良くて驚きました。

【池田】映画からブランドに興味を持つというのは、とてもストレートでいいですよね。

【川上】それまで僕の中のコリン・ファースは、うだつのあがらない男の役が多く、それを上手に演じている俳優でしたが、この作品でトム フォードのスーツをビシッと着こなした彼はもはや別人。この映画以降、コリン・ファースは格好良い熟年男を演じるようになっていきましたよね。トム・フォードの魔力を思い知らされました(笑)。

【池田】初めて着たトム フォードはいかがでしたか。

【川上】実際に店舗に行きスーツに袖を通した時、光沢のあるゼニアの生地と、体に吸い付くような着心地の良さに、惚れ惚れしました。鏡越しの姿を見て、ワンランクもツーランクも自分が高められた思いがして、身が引き締まりました。もちろん他のブランドもいろいろ試しましたが、トム フォードを着るとなぜか圧倒的に気持ちが上がるんです。そう感じて以来、スーツはトム フォードと決めています。

【池田】そこまで気持ちが上がるのはどうしてでしょう?

【川上】トム フォードはギミックや隠しアイコンがいろいろあって、着て初めてわかる良さや面白さが実はたくさんあるんです。舟形に反り上がったバルカポケットや、太めなのに野暮ったくないジャケットの襟、上着ポケットのフラップと巾を合わせたパンツの裾の折返し、袖の飾りボタンの第1ボタンホールのみ幅が広い、など挙げればキリがありませんが、それぞれに意味がある。買うたびに、新しい良さを発見できるので、これからもしばらくトム フォードの展開を楽しんでいこうと思います。

川上 昌直/Masanao Kawakami
1974年、大阪生まれの経営学者・博士(経営学)。
兵庫県立大学経営学部教授(2012年~)として母校で後進の指導にあたっている。研究成果を実業で検証し、さらにブラッシュアップするため、上場企業等で新規ビジネス立案のアドバイザーも務める。著書に『マネタイズ戦略』『ビジネスモデル思考法』(ともにダイヤモンド社)など多数。
http://masanaokawakami.com

池田 保行/Yasuyuki Ikeda
大学卒業後、出版社勤務を経てフリー。2004年にファッションエディター&ライター ユニットZEROYON 04(ゼロヨン)を主催。ファッション誌を中心にフリーマガジン、WEB、広告、カタログなどで幅広く活動している。

interview:Yasuyuki Ikeda
text:Miho Yanagisawa
photograph:Katsuyoshi Motono