【池田】前編に続いて、お聞きします。きちんとしたスーツを着る必要性を感じたきっかけはなんでしょうか?

【川上】教壇に立つだけでなく、企業の経営アドバイザーなどの仕事が増えてきた時ですね。好んで着ていたニール バレットのスーツでは、少し落ち着かない感じがしていました。登壇して話していても、何か心もとない。

【池田】それはモードなファッションでは、ビジネスの場にそぐわないということでしょうか。

【川上】それもありますね。一緒に呼ばれて来ている外資系のコンサルタントや元金融マンなんかが、上質な生地のスーツで決めてくる姿を見て、気おくれしたこともあります。

【池田】自分が見劣りしないように、という気持ちがスーツに目を向けさせたのかもしれませんね。これまでに「トム フォードを着て良かったな」と思う場面はありましたか。

【川上】前編でも話しましたが『シングルマン』の映画を見たこともあって、トム フォードに目を惹かれました。ちょうどその頃に、トム・フォードが何かのインタビューに答えて「suit is armor(スーツは鎧だ)」と話している記事を目にして、「自分が欲しかったのは、まさにこれだ」と感じました。

【池田】それまで愛用されていたニール バレットがグッチにいた頃の師匠にあたるトム・フォードに行きついたのは、運命的な出合いですね。実際に着てみて、その効果のほどは?

【川上】企業の経営陣には、ハンパなくオーラがある人がいます。百戦錬磨の彼らに対して40歳そこそこの若造が経営をアドバイスするなんて、普通ならおこがましくてできません。でも鎧となるスーツがあれば、気持ちを奮い立たせてくれる気がしました。実際にトム フォードを着はじめてからは、プレゼンやミーティングで予想もしなかったような意見を受けても、それほど焦るようなことはなくなり、文字通り鎧の力を借りていますね(笑)。

袖口側のボタンホールが大きいなど、ブランドならではのディテールに愛着がわくという

【池田】一流ブランドのスーツを着る意味は、何だとお考えですか。

【川上】TPOに合わせて相手を不快にさせない格好ができるのであれば、何も高いお金を払ってブランドもののスーツを着る必要はないと思います。ただ僕はファッションが好きだし、それを楽しむ環境の中で育ってきたので、趣味の一つとして楽しんでいるだけです。

【池田】必ずしもブランドものでなくてもよいと?

【川上】ブランドとの出合いは、人との出会いと同じだと感じています。遠くから眺めたり、すれ違ったりするだけでは、本質はわからない。けれど実際に触れ合ってみると、思いがけず自分にフィットするところや面白さが見えてくるし、心地よければ気分も上がって、いつも共にありたいと思う。ブランドのスーツに出合わなくても何ら不都合はないけれど、良い巡り合いがあれば、幸せな気持ちになれるものだと思います。

【池田】自分に合ったスーツとの出合いでビジネスも順調になれば、さらに言うことなしですね。

【川上】人は、出会って数秒で相手を判断すると言われていますよね。それが事実なら、第一印象を良くするように気を遣うことはビジネスの上でとても重要なことではないでしょうか。「この人と一緒に仕事がしたい」と思ってもらえるなら、ブランドのスーツを買うことは有効な投資です。またしっかり仕立てられたブランドのスーツは、ファストファッションのようにワンシーズンのみの消費財ではありません。ちゃんとメンテナンスすれば非常に長く着られるので、どちらかといえば貴金属に近い耐久消費財ではないかと思います。

【池田】スーツは投資、という考えは多くのビジネスマンに知ってほしいですね。

【川上】好きなスーツを長く着られるように、自分のボディもメンテナンスして体型を保とうという気持ちが働くので、体調をコントロールするうえでも非常に有益。僕もジムに通って、スーツに合う体づくりをしています。これはブランドスーツの隠れた素晴らしいメリットなんじゃないかなと思います。

【池田】ありがとうございました。

川上 昌直/Masanao Kawakami
1974年、大阪生まれの経営学者・博士(経営学)。
兵庫県立大学経営学部教授(2012年~)として母校で後進の指導にあたっている。研究成果を実業で検証し、さらにブラッシュアップするため、上場企業等で新規ビジネス立案のアドバイザーも務める。著書に『マネタイズ戦略』『ビジネスモデル思考法』(ともにダイヤモンド社)など多数。
http://masanaokawakami.com

池田 保行/Yasuyuki Ikeda
大学卒業後、出版社勤務を経てフリー。2004年にファッションエディター&ライター ユニットZEROYON 04(ゼロヨン)を主催。ファッション誌を中心にフリーマガジン、WEB、広告、カタログなどで幅広く活動している。

interview:Yasuyuki Ikeda
text:Miho Yanagisawa
photograph:Katsuyoshi Motono