機械式に目覚めた理由、IWCを選んだわけ

【水谷】機械式時計に興味を持ったのはいつごろですか?

【廣木】30代後半ぐらいです。機械モノは子どものころから好きだったのですが、30代前半までは仕事に没頭していて、時計にはほとんど関心を持っていませんでした。ただ、その後、世の中でデジタル化が急速に進んでいき、メカニカルなもの、歯車で動くようなものがどんどん消えていると気づいたときに、中身がブラックボックスではない、メカニカルなものに触れておきたい、所有しておきたいという気持ちが芽生えました。その気持ちの向かう先が銀塩カメラであり、機械式時計だったのです。

【水谷】何かきっかけがあってそういう気持ちが芽生えたのですか?

【廣木】特にきっかけはなく、自然に募ってきたものです。私は車も好きで、特にエンジンに興味がある。エンジンの中で爆発が起きてピストン運動に変えるという、仕組みが理解できる動作機構が好きなんです。そういう目に見えて頭で理解できる機械モノが急に愛おしくなって。

【水谷】最初にIWCに注目したのも、そういう考えからですか?

【廣木】そうですね。腕時計はメカニカルな部分から入るタイプと、装飾品という側面から入るタイプがいるように思いますが、私は完全に前者。自社製ムーブメントを所有していることを前提に、機械製造に長けた時計専業メーカーを探した結果、IWCに行き着いたのです。

【水谷】多くの時計専業メーカーがある中で、IWCに引かれたのはなぜでしょう?

【廣木】IWCはスイスのメーカーですが、ドイツとの国境近くの町でつくられていると聞いて、実際に見てみたら、ドイツ人気質のいわゆる精巧な機械というイメージを受けました。特にパイロットウォッチは飛行機のコックピットや車の計器に通じるようなデザインで、メカニカルなイメージが強かった。

メカニカルな印象とセラミック製ケースに引かれたというIWCの「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・トップガン」。このデザインは2010年ごろまで販売されていたもの

【水谷】メカニカルなものに触れたいという、当時の希望を満たしてくれる時計だったのですね。

【廣木】そうですね。これまでに何本か手にしてきましたが、いま所有しているのはパイロットウォッチの2本。一つは「トップガン(*)」のセラミックケース。セラミックという硬い素材をこんなにシャープに成形できることが不思議で興味を持ちました。もう一つが、「スピットファイア(**)」のローレウスモデル(***)で、こちらはブルーダイヤルの美しさに一目惚れしました。

(*)米海軍の戦闘機戦術教育特別コースに由来するパイロットウォッチのシリーズ。セラミックやチタニウムなどの堅牢な素材を用いて、ジェット機のエリートパイロットが求める特殊な要件を満たすようにデザインされている。
(**)第二次世界大戦で活躍した戦闘機、スピットファイアに着想を得てつくられたパイロットウォッチのシリーズ。
(***)スポーツ活動のサポートを通じて社会貢献を行う「ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団」のメインスポンサーを務めるIWCが、同財団を支援するために製造するモデル。

人生の区切りとしてのヴァシュロン

【水谷】その後もIWC一筋ですか?

【廣木】いえ、その後、冠婚葬祭用に購入したのがジャガー・ルクルトの「マスター」。丸形ケース、シルバー文字盤のシンプルウォッチです。それから50歳を手前にして、ヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ」を頑張って手に入れました。

【水谷】ヴァシュロン・コンスタンタンとの出会いは?

【廣木】きっかけは年齢です。ある時、自分の姿を鏡で見たら、白髪が少し増えてきたなと(笑)。服でも持ち物でも、いまの自分に似合わないと思ってしまう瞬間があって、パイロットウォッチのような趣味性の強い時計とは別に、もう少し年齢相応の時計が欲しくなってしまった。50歳、60歳という今後の人生にふさわしい時計を持っていてもいいんじゃないかと思ったのです。

【水谷】それでヴァシュロンが候補に挙がったわけですね。

【廣木】ヴァシュロンに引かれた理由は、じつは本業の酒造りも関係してます。日本酒の世界はこの20年で大きく変わりました。味のバリエーションが増えて日本酒の間口が広がったことは、個人的には好意的にとらえています。ただ、新しいものをつくるときには、過去への敬意とか歴史に根ざすということがとても重要だと感じていました。そういう思いが日増しに強くなっていた時期だったので、時計に対しても同じような見方をしていたように思います。江戸時代、日本人がちょんまげだったころに時計をつくり始めた(*)という歴史が気になり、ヴァシュロンに引かれていきました。

(*)ヴァシュロン・コンスタンタンの創業は1755年。

ヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ」は2016年にデザインチェンジが行われたが、廣木さんが所有するのは変更前のモデル。太めのインデックスやベゼルなど、現行デザインより力強さが際立つ

【水谷】ヴァシュロンはドレスウォッチが多いブランドですが、スポーティーな「オーヴァーシーズ」を選んだ理由は?

【廣木】自分の中では、ゴールド製のドレスウォッチはもう少し年をとってから、60歳を超えてからでいいと思っています。それまでは多少スポーティーなものがいいなと。派手すぎず、かといって自分が背伸びしないと着けられないほど格式高い時計ではなく、自然に着けられて年齢に耐える力のあるものという観点で選んだ結果です。

【水谷】ヴァシュロンを手にしたとき、高揚感のようなものはありましたか?

【廣木】時計を所有する高揚感というよりは、自分の年齢に対する感慨がありましたね。IWCの時計に引かれたのは、ただただメカニカルなものを所有したいという思いだった。でもヴァシュロンのときは、40代も後半になって体力的にも社会的にも、自分の年齢をしっかりと意識して生きないとならないんだなと感じた。人生の一つの区切りというか、年齢相応の生き方、考え方を意識するようになったかな。

高級時計は生き方・働き方を映し出す

【水谷】携帯で時刻がわかり、町中にも時計がありふれる現在は、腕時計が必要ないという意見もあります。そんな時代に、廣木さんが腕時計を着ける意味は何でしょう?

【廣木】私の場合は、時計をすると外に出るスイッチが入るということかな。家族に見せる顔と、会社で見せる顔は違います。腕時計を着けると、これから外に出るぞという気分になる。付け加えると、その時の自分の気持ちの現れですね。冠婚葬祭用の時計を着けるのは相手に敬意を払っていますという気持ちの現れ。IWCを着けるときは機械好きという表現だし、高額商品の商談に行く場合などに着けるとすればヴァシュロンでしょうね。

【水谷】腕時計は時間を知るツールという役割を超えて、自身の人となりを象徴するものだと思います。いま振り返って、これまでに手にした時計とご自身の共通点のようなものはありますか?

【廣木】新しいもの、新興のものではない気がしますね。言い換えれば、老舗であること。私どものような酒蔵は、ほとんどがその土地で長い歴史を育んできた老舗です。そういう意味では、老舗という部分でつながっているのかもしれません。

【水谷】老舗の強みとは何でしょうか?

【廣木】制約を守りながら、受け継がれてきたものがあるという点でしょう。俳句や短歌は制約があるからこそ際立つものがあるし、車のデザインにしてもポルシェはいつの時代もポルシェ。昔のモデルを見てもほとんど変わることがない。ブランドアイコンが守られながら受け継がれてきたものは輝いて見えます。

【水谷】確かに廣木さんがお持ちの3ブランドは、いずれも確固たるアイデンティティーを持った老舗ですね。

【廣木】IWCのパイロットウォッチは、何十年もの間、ケースの形も文字盤のスタイルもほとんど変わりません。ヴァシュロンに関しても奇をてらったことはほとんどしない。それは時計として備えるべきものが備わっていて、余計なものがないということだと思います。たとえスマートウォッチの時代になっても、機械式時計が残り続ける限りは、このあたりの形が中心に位置しているのだと思います。この中心に位置するというのは、じつは自分の酒造りの目標にもなっていて。私たち世代が日本酒づくりを始めておよそ20年、味も流通も大きく変わってきた。何百年と続く日本酒の歴史に新しい扉を開いたという自負があります。今後は、これまで信じてやってきたことを変わらず続けることで、日本酒の世界における太い幹のような存在になりたい。一時のはやりに流されるものではなく、どっしりと構えていられる日本酒の中心的存在になりたいと思っています。こういう気持ちが、時代に流されることのない老舗の普遍的な時計に引かれる理由なのかもしれませんね。

廣木健司/Kenji Hiroki
1967年、福島生まれ。清酒「飛露喜」製造元、廣木酒造本店代表。
都内の大学を卒業後、キリン・シーグラム入社。25歳の時に福島に帰郷。廃業寸前の実家を継ぎ、未経験ながら酒造りに携わる。その後、父親の死去を契機に、従来の経済酒一辺倒の経営をやめ、味で勝負すべく「飛露喜」を世に送り出す。発表直後から高い評価を受け、いまでは入手困難な清酒として知られる。

水谷浩明/Hiroaki Mizuya
編集プロダクションのd・e・w(デュウ)にて、2007年より高級時計関連の記事制作を行う。ビジネス総合誌「プレジデント」、ウェブマガジン「プレジデントスタイル」の時計記事を担当するほか、カタログや会員誌等の制作も手がける。

Interview & text:Hiroaki Mizuya(d・e・w)
photograph:Tadashi Aizawa