【吉村】今回、発売されたプライベート・エディション第10弾の「グレンモーレンジィ アルタ」はどういうウイスキーですか?

【ビル】このシリーズは、わたしにとってエキサイティングな仕事です。今回は「酵母」に焦点をあてました。いままでのスコッチウイスキーはすべて同じ酵母が使われていましたが、このアルタで初めて野生酵母を使ったのです。アルタとはゲール語で「野生」という意味。じつは、わたしは酵母の研究で博士号をとったんです。なので、わたしにとっては興味深いチャレンジでした。

【吉村】野生酵母はどこのものを使ったんですか?

【ビル】蒸留所の近くの大麦畑で採取した野生酵母の中から、ウイスキーに適したものを分離しました。もともと野生酵母のウイスキーを、と思いたったのは、マイケル・ジャクソンさんからのインスピレーションです。

【吉村】まさか、キング・オブ・ポップのマイケルが……?

【ビル】アハハハ。そちらのマイケルもとても好きなんですが、もうひとりの、ご自身が「I'm real Michael Jackson」とおっしゃる世界的に有名なビール&ウイスキー評論家のマイケルさんです。彼はビールにちなんで「キング・オブ・ホップ」と言われていますね(笑)。

あるとき、彼が「グレンモーレンジィには特別の酵母を使ったウイスキーがあったよね」と言ったんです。それで、蒸留所の記録を探したんですが、そういうデータはまったくない。そのとき、「そうだ。記録がないなら酵母にこだわったウイスキーを自分でつくってみよう」と思ったんです。それがこのウイスキーの出発点です。

【吉村】新しいエディションをつくるとき、ご自身のなかで何かルールはあるんですか?

【ビル】三つ決め事があります。第一は、いままでやったことのないことをやる。第二は、販売は一度きり。第三はグレンモーレンジィらしさ。つまり、フローラルな香りやフルーティーさを失わないことです。

【吉村】造るのも販売も一回限りというのは、まさにアートですね。グレンモーレンジィの伝統にこだわりながらも差異をつくるというのは、いつまでも変えない部分を忘れず、新しいものを取り入れる、ということですね。

【ビル】まさにそうです!

【吉村】お話をうかがっていると、ブレンダーにはアーティストと科学者の両方の資質が必要だと思うんですが、むしろアートのほうに重きが置かれているように思いました。

ときにユーモアを交えつつ、熱くウイスキーを語るビル博士。ウイスキー・クリエイターとして、業界の尊敬を集めている

【ビル】アーティストが80%。科学者が20%でしょうか。科学というのは、「なぜこうなるのか」を追究していくものですが、アートは創造性です。ウイスキー造りではアートの部分がもっとも難しいんです。

わたしは、テイスティングに関しては、頭で考えず、感覚で決めてきました。将来わたしの仕事を引き継ぐかもしれないアシスタントがいるんですが、科学的な面や技術に関してはよく理解してくれますが、ブレンディングなどの創造的な部分はなかなか教えるのが難しいですね。はっきり言って、ブレンダーは才能があるかどうかということにかかっているのです。

【吉村】おもわず、ブルース・リーの「燃えよドラゴン」で、彼が弟子に「Don't think,feel!」と言うシーンを思い出しました。

【ビル】まさに、あの通りです(笑)。

【吉村】ビルさんは、グレンモーレンジィとアードベッグというまったく個性の違うウイスキーを造られていますが、味わいの最終イメージは、それぞれどういうふうに違えているんですか?

【ビル】グレンモーレンジィはとても繊細な味わいなので、条件の微妙な違いで、生まれるウイスキーも変わってきます。一方、アードベッグは味を変えようと思ったら大きな金槌でガーンとやるくらいでないとびくともしない(笑)。

わたしは、二つの頭を持っているんですよ。グレンモーレンジィの頭、アードベッグの頭というふうにくるくるっと頭を付け替えている(笑)。また、味わいはテクスチャーの違いでとらえることもあります。グレンモーレンジィは、カシミアのセーターとかウールのスーツのイメージ。アードベッグは、ラフなツイードにデニムって感じですね。

【吉村】まったく反対の個性ですもんね。

【ビル】消費者が、それぞれのウイスキーに求めているものも違いますからね。アードベッグの愛飲者からは、かなり強烈なフィードバックを頂戴しますよ。必ずしもわたしにとってハッピーな内容ではないですけど(笑)。

【吉村】どんな意見が来るんですか?

【ビル】何人かの熱心なファンの方には、わたしが何を言っても勝てません。わたしの妻と同じです(笑)。ありがたいことでもあるのですが、たいへん頑固です。「昔ほど美味しくなくなったな」とよく言われるんですよ。でも、ブラインドテストをしてもらうと、昔も今も同じ味とわかる。「もっとピーティーじゃなきゃ、アードベッグじゃない」って信仰があるのかもしれないですね。

【吉村】今回のグレンモーレンジィ アルタの最終イメージは? たとえば音楽でいえば、大麦畑の風景が歌われるスティングの「フィールズ・オブ・ゴールド(Fields Of Gold)」とか?

【ビル】創造的な仕事では最終イメージがとても大切ですよね。今回は「香り」にインスパイアされました。大麦が育つときの香り。それをイメージしました。わたしはとくに宗教的な人間ではないんですが、麦畑の真ん中で香りをかいでいると、純粋さ、自然、良いもの(goodness)を神さまからいただいているように感じるんです。やさしくて、安心させてくれる香りです。

【吉村】やっぱり、「フィールズ・オブ・ゴールド」だったんですね。

【ビル】まさしくそうです。わたしの自宅は、エジンバラ郊外で大麦畑に囲まれているんです。6月から7月の大麦の収穫前のわずかな期間にだけ咲く植物があって、とても繊細な香りがするんです。わたしはよく麦畑に寝ころがって、その仄かな香りをかぐんです。ところが私の友人を何人か連れて行きましたが、その香りを感じ取れる人はほとんどいないようなのです。

【吉村】日本人は、古来からそういう仄かなものが好きですね。グレンモーレンジィは女性的な、やさしい香り。日本人好みの感覚です。

【ビル】おっしゃる通りだと思います。日本に来る前にシンガポールと台湾に寄ってきましたが、食べものにしても、はっきりしたスパイシーな味わいが好まれますよね。わたしとしては、日本人と同じように、ソフトなアロマとか微かでエレガントな香りが好きなんです。日本の文化や和食には、まさにそういうところがありますよね。