吉村(以下Y):ハイボールといえばサンボアですが、新谷さん(北新地、銀座、浅草サンボア)のハイボールはどうやって作っていらっしゃるんですか?

新谷(以下S):ぼくのは、師匠である鍵澤時宗(かぎさわ・ときむね)さん(大阪の南サンボア創業者)の作り方ですね。時さんはせっかちやから。ゆーっくりとか、ようせえへんのですよ。炭酸水をワーッと、ほぼ垂直に入れる。

Y:それが続いてるんですか?

S:じゃないですか? きっと。

Y:せっかちから始まってるんですか?

S:たぶんね。あんまり意味ないと思いますよ。

Y:ほーっ(笑)。そのせっかちスタイルが定着してるんですか……。

S:ぼくら、出すスピード速いですもん。お客さんの飲むスピードも速いですし。昔、南サンボアで働いていたときなんか、すごいリズムですよ。トン、トン、トン、トン、トン、トンと。(トンは、ハイボールのグラスをカウンターに置く音)

で、お客さん、何杯飲まはるかって、ぼくら、わかってんですよ。この方3杯。この方4杯って。この方はシングルで氷入れて出さなあかんとか、この方はシングルの水割りやけど、水少なめとか。みんな決まってんですよ。で、ササッと出す。

まず、カウンターにコースターを出すでしょ。そしたら、すぐさま「はい。お待ち」ってハイボールが出てましたもん。グラスが空になるかならへんかで、次のが出ますからね。

あれ? どうして注げへんのやろ、ってこともありましたよ。マスターの様子見てると、「ええねん」て言う。そしたら、「(勘定)頼むわ」って、お客さんが帰られるんですわ。マスター、わかってんですよ。

Y:お客さんのお酒のキャパが。

S:そう。何杯で帰りはるかね。

Y:その時宗さんのハイボール・スタイルを新谷さんは習ったと。

S:見て覚えるだけですから。理屈なんかないですからねえ。

Y:いまは、どういう手順で作られるんですか?

S:グラスに冷えたウイスキー60cc、ウイルキンソン炭酸を190cc入れて、レモンピールをツイスト。グラスは10オンスタンブラー。こちらは冷えてません。その量でちょうどグラスいっぱいになります。梅田サンボアはグラスを冷やしてます。冷やすか冷やさないかは、サンボアも店によって違うんです。

Y:ボトルを冷やしてるのは、角とブラックニッカ?

S:いや。12種類ほどです。各メーカーさんに配慮して。デュワーズもジョニーウオーカーの赤、黒、ロバートブラウン、竹鶴も富士山麓も。フローム・ザ・バレルも。

Y:炭酸はウイルキンソンですよね? それはどうしてですか?

S:時さんから教わったまんま。変えるつもりもないですし、変える必要性も感じないですし。

Y:炭酸水の栓をカウンターのところでカパッと開けるじゃないですか。あれは?

S:むかし、コーラの自販機についてたやつです。

Y:あれをカウンターにつけてるわけですか?

S:合理的なんですよ、あれ、堂島サンボアもやってますけどね。下にカンカン置いて、ころんと栓が入ったりして。

Y:炭酸190ccにウイスキー60cc。この比率が絶妙なんですか?

S:どうなんでしょうかねえ。たぶん、みなさん、慣らされてるんとちゃいますか? もしかして、その比率が美味しいと思い込んでるんじゃないですか? ぼく、プライベートのときに自分でハイボールつくってると、だんだんだんだん濃くなってくんです。炭酸はペットボトル500mlのペットボトルに入ったやつで。あれ1本で、ボトル半分くらい飲んじゃいますもんね。ぜんぜん割ってへんやんって(笑)

Y:ハイボールに合うつまみって、何でしょう?

S:アーモンドとかピーナッツ。あられやグリーンピース揚げたやつとかもいいですね。ぼくは、とくにローストしたアーモンドが好きです。

Y:銀座サンボアのピーナッツは薄皮付きですね。ナッツ類は、ハイボールにいいんでしょうか? 胡桃とかカシューナッツとか。

S:いいですね。むかし、うちで落花生を食べたという方もいらっしゃって。でも、そんなの置いてないんです。思い込みなんです。

Y:思いこんだら、ですよね。

S:そう。『巨人の星』の星飛雄馬がグランドで引いてたのはコンダラって器具やったんか、と。

Y:あれが、重いんですよね(笑)。酒飲みって、自分勝手な物語を作りたがるじゃないですか。

S:そうです。銀座サンボアにいらっしゃる面白いおじいちゃんが二人いらっしゃってね。

「ユーミンっているだろ? あれは松任谷由実って言ったんじゃなかったっけ?」

「おう。そうだよ。むかしはムーミンって言ってたんだよ」

「それはカバじゃねえのか?」

笑いましたよ。でも、カバでもないと思うねんけど(笑)。話はハイボールとフードに戻るんですけど、うちはおつまみ、いろいろ出してます。

Y:オイルサーディンも合いますよね、ウイスキーに。

S:あれ、美味しいですね。ローストビーフやビーフ・ヒレカツのサンドイッチも合いますね。よく出ますよ。

グラス底の中央から一本線に立ち上る泡は、炭酸がハイボールの中に止められている証拠だと新谷氏

Y:サンボアは基本的にスタンディング・スタイルなんですか?

S:いえいえ、そうじゃないです。いま、若干、スタンディングが優勢やけど。

Y:スタンディングスタイルをどうして取り入れてるんですか?

S:バーはそもそもスタンディングやと思うんです。

Y:立って飲むのと座って飲むのと、どう違うんですか?

S:同じやと思てます。みんな、いろいろ言いはるんです。「立って飲んだら酔えへんのや」とか。でも、酔うとるやん(笑)

Y:それも酒飲みのつくる物語ですよね(笑)。西部劇で、スイングドアを開けて入ってきたカウボーイが、長いカウンターの前に立つと、バーテンダーがバーボンのストレートグラスをサーッと滑らせてきて、それをカポッと飲む。

S:椅子なんかないんです。パッと行って、シュッと帰るから。

Y:昔の寿司屋と同じですよね。

S:バーで飲むスタイルとして、いいと思いますね。お客さんを椅子に縛り付けておくことはないんです。日本のお客さんは、たとえば4人で来るとすると、スタンディングでもずらーっと横に並ぶんですよ。養鶏場の鶏みたいに(笑)

ほんとは、1、2、その後ろに3、4ですよ。カウンターについてる人ふたりが、カウンターを背にして、向かい合うのがいいと思うんです。真面目に4人横一列に立って並んでしゃべっているのは日本独特ですね。だから、スタンディングのカウンターの後ろは広くないとあかんのですよ。

Y:バーって止まり木ですもんね。しかも、サンボアのカウンターの下には、足置きがあるじゃないですか。あれが、腰にもいいんですよね。