Y:バーの魅力って、新谷さんはどう考えられますか?
S:ぼくは、バーはひとりで来られるところがいいと思うんです。ほんとは、「連れ」と行くんじゃなく。
バーに入るとき、ちょっと重たいドアを開けて入るじゃないですか。で、お酒を飲んだ後、「しゃあないな。明日も頑張るか」と、入る前と違う気持ちになって、ドアを反対から開けて帰る。行きと帰りで気持ちが変わる。それ、すごくええことやと思うんです。それは、一人で来られても、二人で来られても、同じなんですけど。
Y:そういうことでいくと、バーテンダーの仕事って、何ですか?
S:毎日まいにち、バーの真鍮を磨いてピカピカにする。掃除をする。そういう単調な仕事をするのが、メインやと思います。
お客さんをお迎えして、適切な量で、あまり深酒してもらわんと、「もう、そのあたりでお帰りになられたら」と言えること。それには、まずはカウンターの中の人間が健康であること。胃が痛いって顔して「す、すみません、な、何しましょ」とか嫌でしょ(笑)
Y:そんなところで、飲みたくないですよね(笑)
S:ある年配のバーテンダーなんですけど……蝶ネクタイがちょっとだけ歪んでるんです。計算して歪めてるんですよ。これがお洒落やと思うんです。
隙なく、ピシッとしてるバーテンダーもいいかもしれません。でも、ちょっと隙があるのって色気があって、いいですよね。
Y:その自然な隙。あざとくない隙。ひとを好きになるのって、そのひとの「隙」が「好き」になるのかもしれませんね。
S:もちろん仕事は完璧にせなあかんと思うし、しっかりしたものを出さなアカンと思うし、いつも同じコンディションで同じものを出さなアカンと思てますけど、ちょっと人間の隙が見えるのが、お洒落な人やな、と思うんですよね。
それと……バーテンダーは、お客さんとお話できるストライクゾーンが広くないとあかんです。お酒の知識が豊富やとかカクテルコンペに勝つとか……それはそれでいいですよ。どうぞお好きにやってくださいと。でも、映画の一つも観てへん、本の一つも読んでへんバーテンダーは、話が面白くないじゃないですか。
Y:お客さんは、どこか寂しいから、バーに来るわけですよね。そんなときに話のキャッチボールができずに「はあ、そうなんですね」と淡々とこたえられると……よけい寂しさが増しますよね。
S:バーでの飲み方は個人によって、人によって、それぞれやと思うんです。だから、「バーではこうあるべきだ」みたいなのって違うと思います。べつにバーテンダーの機嫌とって、そんなことせんでもよろしいやん。
ただ、バーでは高度なコミュニケーションは必要です。
コミュニケーションというのは、自分と連れとで来ていた場合、この二人だけの会話ですませるような言語でしゃべってはいけないということです。その会話を聞いている人が不愉快やったら、もうダメですよ。
大事なのは、連れとのコミュニケーションではなく、他者とのコミュニケーションです。しゃべっていない人とのコミュニケーション。店にいらっしゃる方とのコミュニケーションです。それができてない人間は、ぼくは大人とは見なさないです。
それと……いまからいらっしゃるお客さんへの配慮とかも大切です。
たとえば、うちは、冬場は、生牡蠣を出すんですが、あるお客さん、何個も何個も生牡蠣を食べるんです。でも、うち、牡蠣はそんな大量に仕入れないです、すぐアウトになるから。でも、ぜんぶ食べちゃうんです。これからいらっしゃるお客さんも食べたいのに……。そんな配慮もでけへんのかと思います。
バーでは、きれいに飲んでいただきたいと思います。
それには、トータルなコミュニケーション力が必要です。
自分が楽しいのと隣の人が楽しいのとは違います。自分が楽しくても、隣のひとが嫌なことがありますからね。その手綱をひくのが、ぼくらバーテンダーの仕事です。
Y:バーは、パブリックな空間であるということですよね。
S:そうです。パブリックということは、日本人のもっとも苦手なことです。外国の子どもなんかが電車の中であまり騒がないのは、「車内や機内はパブリックな空間」という教育ができている。日本は反対ですね。
パブリックというのは空間と時間を共有することですから。
Y:パブリックな空間だからこそ、パブという名前がついてるんですもんね。
S:そうですね。高度なコミュニケーション力というのは、しゃべりが上手いとかじゃなくて、お互い気を遣うとか、会釈をするとか、大人としての接し方を身につけていることですね。
Y:バーは、そういうノンバーバル(非言語的)なところが、すごく大事ですよね。
S:バーにあるのはマナーだけ。ルールよりも、マナーです。妙にしかめつらしいルールがあると、お酒飲んでても堅苦しくて面白くないじゃないですか。
Y:しばられちゃう感じ。自由になれないですもん。
S:ここ(バー)は、学校とちゃうぞって(笑)
『バー堂島』(ハルキ文庫)
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interview & text:Nobuhiko Yoshimura
photograph:Tadashi Aizawa