LEXUSにはTAKUMIという制度がある。各車種に共通するLEXUS独特の乗り味をつくりだす、それがTAKUMIの役割だ。しかし、製造開発の現場にはエンジニアもいる。TAKUMIにはいったいどんな存在意義があるのだろうか。

「初代LS、GS、IS、RXと、LEXUSは立ち上げから一貫して完成度の高い車をつくり、それなりの評価を得てきました。ただし、それはあくまで個車レベルの話です。先行する欧州のラグジュアリーメーカーをみてみると、たとえばポルシェには、911、マカン、カイエン、ボクスターといろいろな車種がありますが、不思議とどれに乗っても、これはポルシェだとすぐにわかります。BMWもそうじゃないですか。どのシリーズの車からも、必ずBMWらしさが伝わってくる」

そう語る伊藤好章氏は三代目のTAKUMI。現在、LEXUSには商品性担当と運動性能担当の二人のTAKUMIがいる。伊藤氏は後者だ。

「このブランドらしさを伝える統一感が、初期のLEXUSには不十分でした。これではいくらいい車をつくり続けても、LEXUSというブランドイメージが構築されません。『ああ、これはLEXUSだね』と、どの車種を選んだお客様にも感じてもらえるようにするためにはどうしたらいいだろう。試行錯誤の結果、それにはLEXUSの乗り味を決め、それを各車種で実現させるための人間が必要だということになりました。それがTAKUMIというわけです」と伊藤氏は自らのミッションを説明する。

『すっきりと奥深い』。LEXUSはその走りの哲学をこう表現している。ただ、これを具体的に“こういうもの”とイメージするのは、簡単ではないだろう。しかも、ラグジュアリーセダンとスポーツタイプではそもそもの性能が異なるはずだ。いったいどうやってそこに横串を通すのか。

「たとえば、『すっきり』というのはある人にとっては物がない状態がそうだし、別の人は物が整然と並んでいるときそう感じるかもしれません。シャワーを浴びたあとや、伸びて鬱陶しい髪を切ったときの場合もある。これがすっきりだとひと言でいうのは難しいですが、なんとなくこういう共通の感覚はあると思います。だから、車でも、ハンドルの動きがすっきりしていると感じてもらうことはできるのです。けれども、それはあくまで感覚なので、この舵角にこれだけのトルクだとすっきりするというように、数値で表現することはいきません。

自らLEXUSのオーナーになってわかったこと

そこで、車のドアに手をかけるところから始まって、最後に停車するまでのいろいろな場面ごとに、どうなればすっきりと奥深く感じるかを、まずはっきりさせるところから始めました。そうしたら、次はそれらを一つひとつ現実の車で実現させていきます。エンジニアに、この局面ではこんなふうにしてほしいと説明し、できあがってきた車をテストコースで走らせて確認します。しかし、一発でイメージどおりということはまずありません。言葉を尽くして説明しても、どうしても伝えきれない部分が残ってしまうのです。結局、満足いくものができあがってくるまで、延々ダメ出しを繰り返すことになります」

乗り味というのはスペックでは表せない。伊藤氏の感性だけが頼りというわけだ。しかもそれを数値や図面に頼らず、正確にエンジニアに伝え、形にしてもらわなければならない。いやはやTAKUMIというのはたいへんな仕事だ。

「TAKUMIに指名されたときは、魅力的な仕事だとうれしかった半面、自分には荷が重いのではないかという不安も正直ありました。でも、一年間の研修を終え正式に任命されたときには、ダメならクビでけっこうと腹をくくり、ローンを組んでCTを購入しました。もちろん会社に行けば試験車には何度も乗れます。でも、モニター室やテストコースでハンドルを握る試験車は、いつだって評価の対象じゃないですか。しかも、自分は運動性能が担当なので、どうしてもそこばかりに気持ちが向いてしまう。

ところが、普段使いをしていると、運動性能以外にも気になるとことが見えてくるのです。テストコースでは気にならないわずかな振動も、身銭を切ってオーナーになったら許せないとかね(笑)。それに、自分がオーナーだと、身内の試乗会でエンジニアから「できない」と言われても、「できないとは? あなたはお客さんのことを本気で考えていますか?」と言い返すことができます。LCを買うときは、分不相応だと思いましたが、いまはLEXUSオーナーになって本当によかったと思っています」

自らがオーナーとなり、感性を磨くための投資をする。高度な技術者としての経験とユーザーとしての眼差しを両立するところに、ビジネスと感覚を融合させる秘訣があるのだろう。

text:Masayuki Yamaguchi
photograph:Naomi Kawakami