LEXUSがめざす「二律双生」の精神

【水谷宗基】LEXUSのブランディングについて教えてください。

【澤良宏】1989年に北米で発売した初代LEXUSのLS400は、その静粛性や内外装の完成度の高さで、世界の高級車市場の注目を集めました。当時は、新しい価値を持ったプロダクトであれば勝負ができた時代だったのです。

ただ、数年前からお客様の意識がだいぶ変わってきました。プロダクトそのものよりも、ラグジュアリーな時間や空間を手に入れることに、明らかにより貪欲になってきています。

これからはファッション性の高いライフスタイルブランドが脚光を浴びるようになる。私たちはそう確信し、欧米のエスタブリッシュメントがまだプロジェクト・ベースでモノをつくっているうちに、いち早くライフスタイルブランドに軸足を移すことにしたのです。

【水谷】やはり転機は2011年ですか。

【澤】そうですね。この年、米カリフォルニア州ぺブルビーチで開かれたLEXUS GSの発表会で、ある記者が口にしたコメント。

LEXUSはいいクルマだけど、“Boring(退屈)”だ」

これがLEXUSの方向性を決定づけたといっても過言ではありません。思えば、それまでは高級車を謳っていても、どこか自動車メーカーとしていい車をつくろうという気持ちのほうが強かったのでしょう。しかし、これで目が覚めました。

そこからは「No more boringだ、チャレンジせよ」と豊田章男社長自らが旗を振り、LEXUSのブランドフィロソフィーと親和性の高いイベントや仲間とのコラボレーションなどにも積極的に取り組むようになっていきます。

【水谷】同時にトレンドシフトも感じていたわけですね。

【澤】ええ、若者のテレビ離れや、Web広告の伸びなどから、社会が変化しているという実感はありました。お客様の志向もハードからソフトに移りつつあるというのもわかってはいたのですが、重厚長大産業の悲しさでなかなか対応できずにいたのです。

【水谷】新たなラグジュアリーブランドを追求するにあたって、参考にした競合はありますか。

【澤】いえ、目指したのはあくまで独自の世界観です。たしかに、それまでLEXUSはベンツやBMWとよく比べられてきました。しかし、彼らと同じ土俵で張り合ったままでは、どうしても性能やタイムや歴史などの比較から抜け出せません。そうではなくステアリングにバンブーを使うなど、LEXUSは欧州のラグジュアリーブランドとはどこか違うとお客様に感じてもらうことが重要だと私たちは考えたのです。

【水谷】欧州のラグジュアリーブランドとはここが違うという具体的な差別点は、たとえばどこですか。

【澤】ひと言でいうなら、LEXUSのブランドフィロソフィーの背後にある、相反する価値を発想の転換や技術によって両立かつ調和させる「二律双生」の精神です。たとえば、パワフルでありながらシルキーな走行性。初代LSが実現した静粛性もそうです。その結果、高級オーディオを装備し、車内をオーディオルームにするという新しいスタイルが可能になりました。

LEXUS RXでも、オフロードにオンロードの性能をもたせるという二律双生に挑戦し、これまでになかったクロスオーバーSUVができあがったのです。

もともと日本文化には、移ろっていく時間の中で五感を使って光や匂いや音をとらえる「静と動の融合」という要素が含まれています。つまり、私たち日本人にとっては、二律双生は肌に馴染んでいる概念なのです。

だから、ここに軸足を置くのは私たちにとってごく自然な感覚だといえます。そして、そこに日本人のもうひとつの特徴である繊細なものづくりを加えれば、必然的に欧州のラグジュアリーブランドとは一線を画する車ができあがるのではないか、そう考えたのです。

デザインを経営資源ととらえる

【水谷】プロダクトのスペックとは別の軸で勝負するということですね。

【澤】たとえば加速タイムが同じでも、時速100キロメートルに到達するまでドライバーの五感に何を訴えるかで、「LEXUSは違うね」と言ってもらえることを目指すということです。

【水谷】技術者にとってはかなりハードルが高そうですね。

【澤】ドアを開けて乗り込む、エンジンをかける、アクセルを踏む、ハンドルを切る……。大事なのは、そういう一連のストーリーの中で考えるということです。デザインも、朝日が当たったらどう見えるか、それが昼間に都会のビルとビルの間を走るときはどのように変化するか、そういった時間軸を頭に置いて取り組んでいます。どうすればお客様に最高の歓びを与えられるか徹底的に考え抜く。そこにはディーラーにおける接客も含まれています。これが私たちのいう「CRAFTED」です。

【水谷】単なるクラフトマンシップとは違うと。

【澤】CRAFTEDというのは、要するに「おもてなし」のことです。車のドアハンドルの手触り、ドアを開けるときの感触、シートに座った際スイッチの配置や大きさをどう感じるか、ハンドルの握り心地……。そういうものを一つひとつ想像しながらつくっていく。だから、おもてなしなのです。それゆえここがゴールというのがありません。その範囲は宇宙のように広いのです。

【水谷】LEXUSにはTAKUMIというシステムがあるそうですね。

【澤】当社にはチーフエンジニア制度があって、それぞれの車種でチーフエンジニアが開発を統括し、独特の個性をつくりあげています。一方で、どの車種であってもお客様には、LEXUSというブランドが提供する共通の価値、いわゆるLEXUSらしさを感じていただきたい。その役割を担っているのがTAKUMIです。

トヨタ自動車には凄腕技能養成部があります。性能や安全に関するプラットフォームはどうあるべきかを考え、横串を通すのが彼らの仕事です。同じように、LEXUSの乗り味を決め、各車種に横串を通すのがTAKUMIだと思ってください。

LEXUSの商品性を担当するのが尾崎修一、同じく運動性能が伊藤好章、この二人のTAKUMIがLEXUSの静と動の味を熟知し、指標を決めます。そして、各車種のエンジニアと話し合いながら、それをどう表現するかを考えていくのです。

同じLEXUSでもLSならLS、UXならUXの個性があり、能力も異なります。そういう中で乗り味の統一感を出すには、どうしてもTAKUMIという存在が必要なのです。

【水谷】LEXUSの走りの哲学は「すっきりと奥深い走り」の追求であるとウェブサイトにあります。これはどういう意味なのでしょう。

【澤】この言葉を使い始めたのは、2012年にLexusInternational ができてからです。凸凹な道路でも快適な走り心地を求めたら、シャープなコーナリングは期待できない。逆に、走りのスポーティさを重視すれば、安定性が犠牲になる。それが従来の車に対する考え方でした。だから、欧州車は安定志向かスポーツタイプかが非常に明確になっています。

LEXUSはそうではありません。相反する二つの特性をあえてひとつの車に求めることにしました。それを言い表したのが「すっきりと奥深い走り」です。

すっきりというのは、たとえばコーナリングでステアリングを切ったら、切っただけ車が敏感に反応して曲がってくれる。“奥深い”のほうは、それまでアグレッシブな走りをしていても、アクセルを緩めるとスーッと静の状態に戻れるような感覚です。

まだまだ過渡期ではありますが、それでも新しいプラットフォームになってからは、ステアリングフィールやコーナーでの粘りと安定感も増すなど、走る、曲がる、止まるという基本的性能が上がり、「すっきりと奥深い走り」に確実に近づいていると思います。

それだけではありません。デザイン面でも、一見すっきりしているようでいて、実はディティールに凝って奥深さを出しているのです。

【水谷】「すっきりと奥深い」というあえて抽象的な言葉にしたのにも理由はあるのですか。

【澤】豊田章男社長がいつも社員に言うのは「もっといい車をつくろう」。この「もっといい車」というのも非常に抽象的な概念です。では、数字やスペックで具体的なゴールを定めたらどうでしょう。それを達成したらそこで終わり。それ以上の車にはなりません。「もっといい車」だから、進化し続けることができるのです。

実は、以前一度豊田社長に、もっといい車とは何か尋ねたことがありました。そのときの返事は「言わない」。おそらく社長の頭の中には具体的なイメージがあるはずです。でも、あえてそれを教えないのは、トヨタが常にさらなる高みを目指しているからにほかなりません。

【水谷】他の社員も同じように理解していると思いますか。

【澤】これまで何度も説明会を開いて説明してきているので、その点は大丈夫でしょう。

【水谷】先ほどフィロソフィーという言葉がありましたが、このフィロソフィーというのもミッションなどと比べると、抽象的な言葉ですね。

【澤】LEXUSは日本発のブランドですが、開発や販売には日本人だけでなくアメリカ人、ヨーロッパ人、中国人などもかかわっています。目標やミッションを掲げても、それぞれが別の世界観で働いていたら、ブランドの基盤が弱まってしまうでしょう。ゆえに、自分たちはここに向かって進化していくのだというフィロソフィーを共有することが大事になるのです。

【水谷】LEXUSの提案する豊かなライフスタイルというのはどういうものですか。

【澤】LEXUSはカーブランドではなくライフスタイルブランドです。それは、いってみればエレガンスやグレイスフルが感じられる日常であり、そこには先ほど申し上げた二律双生の考え方も含まれます。

LEXUSは2019年4月、イタリア・ミラノで開催される世界最大のデザインイベント、ミラノデザインウィーク2019に、「LEADING WITH LIGHT」というインスタレーションを出展しました。なぜそんなことをするかというと、LEXUSのフィロソフィーを理解したデザイナーに、それを作品にしてもらうことで、美の世界でもLEXUSの醸し出す空気というものを多くの人に体験していただきたいからです。

また、LEXUSは、日本のどこかで数日間だけ開店するプレミアムな屋外レストランをコンセプトにした「DINING OUT(ダイニングアウト)」というイベントを毎年サポートしています。これは、一流シェフの感性やおもてなし、移動のダイナミズムなどを体験してもらい、これがレクサスの提案するライフスタイルなのだということを広く知ってもらうのが狙いです。このように、LEXUSの世界観と親和性の高いイベントなどを利用して、私たちの考える豊かなライフスタイルをこれからも伝えていこうと思っています。

【水谷】澤さんはデザイナー出身ですが、アートを理解できる感性をもった企業のトップは、そう多くないような気がします。そういう人たちには、たとえばデザインの重要性をどうやって伝えればいいのでしょうか。

【澤】たしかにデザインやアートに疎い経営者に、それがいかに大切かを理解してもらうのは簡単ではありません。結局、デザインがわかる云々より、それを経営資源としてとらえられるかどうかだと思います。

豊田章男社長はまさにそれができる稀有な経営者のひとりです。だから、私たちはLEXUSのような車を開発することができるのだと思っています。

アップル創業者のスティーブ・ジョブズもそう。iPhoneの、シンプルだけどこれひとつあればメールも送れるし写真も撮れる。何でもできるという発想は、日本の畳と同じです。一畳あれば、そこで睡眠も食事も勉強もできる。こういうデザインシンキングが、ライフスタイルソリューションを可能にする、つまりビジネスの機会を広げるのです。

【水谷】LEXUSが進化し続けるには、社員もまた進化しなければならないと思います。そのためのノウハウのようなものはあるのでしょうか。

【澤】販売店でお客様をどうおもてなししたらいいかを教えるような研修プログラムはいくつか用意しています。ただし、それは型にすぎません。たとえば、お辞儀の仕方でも、教えられた通りのやり方が万人にとって心地いいかといえば、決してそうではないのです。

例を挙げると、30代より上のお客様の場合は、丁寧なおもてなしに心地よさを感じてくださる方がほとんどです。ところが、20代だと逆にそれを鬱陶しく感じる人が少なくありません。むしろ、普段は遠くにいて、ここぞというときにだけサッと手を差し伸べてくれたほうが、彼らにとっては心地いいのです。

このように、一人ひとりがプロフェッショナルになって、このお客様にとって最高のおもてなしは何かということを考えて行動する、そのうえで改善を積み重ねることが大事だということを、私はLexus International 5000人の社員に言い続けています。

interview:Muneki Mizutani(PRESIDENT STYLE)
text:Masayuki Yamaguchi
photograph:Naomi Kawakami