盛り付けが完了したら、7秒以内にお客さまの元へ。

私のレストラン、「アルゴリズム」で徹底している大切なルールです。熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに提供することは、料理人の基本のひとつ。修業時代から口酸っぱく言われ続けてきましたが、私はさらにその概念を明確にすべきと考えました。7秒という具体的な時間にすることで、提供する料理のクオリティーを守り、スタッフ間に共通の意識をつくろうとしたのです。

店名のアルゴリズムとは、方程式の意味です。素材、調理法、ペアリングなど、料理に関するあらゆる要素を考慮し、さらにサーブする時間まで含めて方程式のように組み合わせ、その時その場で、最適解となる料理を提供したいという思いから名付けました。

店のレイアウトをカウンター8席のみにしたのは、この方程式が成り立つ範囲を考えてのこと。たとえばキッチンから離れたテーブル席があると、7秒でサーブすることはできません。時間も完璧なアルゴリズムを描くために欠かせない要素なのです。本音を言うと0秒で食べてほしいのですが、現実的ではない。結果として設けた目安が7秒だったのです。

私の時間への意識は、専門学校時代に働いていたアルバイト先で芽生えました。卒業後に就職することになる「銀座レカン」というレストランです。そこで働いていた先輩たちが素晴らしい人ばかりで、「夢があるのなら、それを目標としてきちんと設定しなさい。そして、逆算して必要なステップを割り出し、実現するように行動しなさい」と教わった。そこで私は10年で独立するという道のりを描いたのです。

独立するためには、料理やワインに関する勉強はもちろん、スタッフのマネジメントや仕入れのいろは、経営面の勉強も必要です。パリで働くというステップを設けたため、フランス語の習得も必須でした。課題が山のようにあるので、普通に働いていたのでは時間がまったく足りません。

そこで意識し始めたのが「時間の圧縮」と「行動」です。銀座レカンの先輩たちは時間のつくり方も上手でしたが、決めたら動く行動力も素晴らしかった。さまざまな背中から、とても大きな影響を受けました。

いま、アルゴリズムではメニューをiPadでお見せしています。これは洒落たことを狙っているわけではありません。店に関するデータがすべてiCloudに収められているので、そこから効率良くメニューを引き出すためです。月々変わるメニューはもちろん、素材やワイン、顧客情報などもAirDropを介してスタッフと共有します。仕事中も身に着けているApple Watchでメールを確認し、すぐに返信すべきものかどうかその場で判断する。デバイスを駆使するのは時間を最大限、圧縮するためなのです。

一事が万事、この調子で時間を圧縮していますが、最たるものは出社時間です。一般的にレストラン業界の朝は早く、私の修業時代は6時出社でした。しかし、アルゴリズムでは全員が9時出社。ランチまでたったの3時間です。でも、その緊張感が逆に良い効果をもたらした。誰もがどうすれば3時間で準備を完了できるか、真剣に考え始めたのです。

たとえば、煮込みの下ごしらえ。具材を鍋に入れて火をかけたら、同時進行で次の料理に取りかかれます。これを直感的に行わず、表組みにまとめてAirDropで共有するのがアルゴリズム流。可視化して、どこでどれだけ時間を創出できるのか、スタッフ全員で考えます。

作業の同時進行による時間の圧縮は、私が銀座レカンに就職した時から行っていたこと。ほかのスタッフよりも早く与えられた仕事を終わらせていると、ある日「深谷、魚をさばいてみるか」と言ってもらえた。通常、一流レストランでは新人にそのような大切な仕事をさせません。でも、「やるべきことをやっているから」と、チャンスを与えてもらえたのです。

料理人が調理だけをしていれば良い時代は、終わりに近づいていると思います。外国語やPCの勉強など、自らの価値を高める行動をしてほしいとスタッフたちに話しています。

このように書くと、時間に厳しいと思われるかもしれませんが、それは有意義な時間を過ごすためのこと。若いころは生み出した時間を勉強に充てましたが、現在は食材の生産者さんに会いに行ったり、娘と遊ぶための時間になっています。時にはリラックスを求めて、本当に何もしないこともあります。

時を制すれば、時が生まれ、人生が豊かになる。

以前の日本には、働く時間が長いほど良しとする風潮がありましたが、私はそうは思わない。仕事と同様に、勉強も、遊びも、生活も、すべてが充実してこその人生。ですから、仕事の時間をコントロールする必要があるのです。

実は、銀座レカンでアルバイトを始めたころは、まだフレンチのシェフになろうとは考えていませんでした。いまはもう時効だと思うので話しますが、洗い場に運ばれてきた食べ残しを見て、思わずソースを舐めてみたのです。それがびっくりするくらいおいしくて。その瞬間、フレンチシェフを目指すことに決めた。たまたま働いたレストランが、人生の方向を決めてくれた上に、時間の使い方まで教えてくれたのです。

私はフレンチシェフとして日本で勝負するのは10年と決めています。いまはその3年目。その後には、また別の目標があります。日々、時間を圧縮し、7秒というルールを課すのは、すべてこの10年で思い残すことなくやり切るため。新しい目標に向かうために、時を制して、時を生み出す意識を欠かさないようにしています。

深谷 博輝(ふかや・ひろき)
広尾のフレンチレストラン「アルゴリズム」オーナーシェフ。1984年茨城県生まれ。2003年に高校卒業後、調理師専門学校に進学。在学中から「銀座レカン」で修業を開始。09年に渡仏し、「ズ・キッチン・ギャラリー」の前菜部門でシェフを務める。10年に帰国し、赤坂の「ビストロ ボンファム」でスーシェフ。13年に品川「カンテサンス」で全調理部門を担当。17年に「アルゴリズム」を独立開店。

direction:d・e・w
interview:Hiroshi Urata
Illustration:Hiroki Wakamura