時間の流れとは一定のもの。そうとらえている人は多いと思います。しかし私の中ではそうではなく、時間とはとても流動的なものです。このようなとらえ方に至ったのは私の仕事であるヨットレースが関係しています。

私はこれまでに数回、単独で世界一周ヨットレースを完走し、2016年には30年以上前から憧れてきた単独無寄港の世界一周ヨットレース、ヴァンデ・グローブに出場しました。これは4年に一度開催される、ヨット界で最も名誉あるレースです。つい先ごろ、2020年大会の予選を勝ち抜き、今年11月から行われる本大会の出場権も獲得しました。

世界一周のヨットレースでは、時間の流れが「縦横無尽」に変化します。

例えば、海洋を南北方向に移動すると、季節が変わります。北半球は冬でも、南下すればだんだん暖かくなり、赤道を超えて南半球に至るとそこは夏。日本の四季はほぼ3ヶ月周期ですが、レースでは1ヶ月もしないうちに冬から夏へと変わってしまうのです。

一方、海洋を東西方向に移動すると、経度を15度進むごとに現在地の時間帯、いわゆるタイムゾーンが変わっていきます。レースの航路にもよりますが、だいたい2、3日でタイムゾーンが変わります。仮に東に向かっていれば2、3日に一度、現在地時刻(ローカルタイム)が1時間早まるということです。

このように、海洋上では航路や速度、進む方角によって時間の流れが千変万化します。季節は3ヶ月周期、1日は24時間という時間単位がまかり通らなくなるのです。ですが、レースは時間を競うものですから、正確な時刻把握は必須。そのため世界一周レースでは複数の時計を使います。例えばヴァンデ・グローブでは、イギリスの世界協定時(UTC)、スタート・ゴール地点のフランス時間、あとは日本時間とローカルタイムという4つの時計を用いるのです。

ヨットの機器

さて、今年も出場予定のヴァンデ・グローブは、世界で最も過酷なレースといわれています。その理由は単独無寄港であるから。フランスのヴァンデ県をスタートしたらどこにも立ち寄らず、昼夜問わずにずっと一人でレースを続けて世界一周を目指します。レース中は誰とも話せなければ、燃料や食糧の補給もできません。睡眠は風の様子をうかがいながら、1日に数回、小一時間ほど横たわるのみ。レースタイムはおよそ80日間、じつに2000時間に及びます。こんなに長い競技はおそらくほかに例がないでしょう。

2000時間、間断なく続くレースを乗り切るために重要なのが、「自分の機嫌を自分で取ること」です。レースでは順調なときもあれば、もちろん流れが良くないときもある。そのときにいかに自分を笑顔にしていい状態にしておけるか。助けてくれる人は誰もいませんから、それを自分でやるしかない。いい状態でなければ良い判断ができませんから。

自分をいい状態に保つための一つの手段が、瞑想です。5分くらい目を閉じて頭を落ち着かせて、ゆっくりと腹式呼吸を行います。人間は呼吸が浅くなって肩が上がってくると、体が固くなって緊張状態になってしまう。そうするとアイデアも浮かばないし、良い判断もできない。

ヴァンデ・グローブのようなレースでは、何が起こるかわからないけど必ず何かが起きます。想定外のハプニングが起きることを想定しておかなかればならない。さらにセイルの交換や、マストに昇らなければならない作業など、緊張が強いられるときが必ずあります。そんなときに慌てて拙速になるのではなく、頭に酸素を回して冷静な自分を取り戻すのです。

自然を相手にする競技は、いつ何が起きるかわかりません。それこそ死んでしまう可能性だってあるから、一瞬一瞬が勝負です。その瞬間にいかに良い判断をできるかが大切となり、そしてその瞬間の積み重ねが2000時間先のゴールにつながるのです。

こうした時間の考え方は、私の人生でも同じです。私は、時間というものは一瞬でしかないと思っていて、過去も未来もないと思っている。過去を悔やんだり、未来を想像したりするのも、すべていまこの瞬間のことだから。そしてその瞬間を積み重ねることで、希望する未来を手繰り寄せるという感覚。思ったような未来が来て、思った通りの過去になる。

ヨットレースで航路に向けてコンパスを合わせることと、人生において自分が望む未来に焦点を合わせること。どちらが先かはわからないけど、互いに通じ合うマインドは少なからずあるように思います。

白石康次郎(しらいし・こうじろう)
海洋冒険家。1967年神奈川県生まれ。高校在学中に単独世界一周ヨットレースで世界一となった故・多田雄幸氏に弟子入り。94年、26歳のときにヨットによる単独無寄港世界一周の史上最年少記録(当時)を樹立。2002~03年に単独世界一周レースで第4位、06~07年には第2位という快挙を果たす。16年11月には最も過酷なレースとされる単独無寄港の世界一周レース、ヴァンデ・グローブにアジア人として初出場を果たすも、マストトラブルによりリタイア。20年11月から開催されるヴァンデ・グローブに2大会連続で出場予定。

Direction & Interview:d・e・w
Illustration:Hiroki Wakamura