「中今(なかいま)」という言葉をご存じでしょうか。もとは日本の神道で使われた言葉で、永遠の過去と未来の中間にあるいまを指すようです。この言葉が意味するものを、私の中ではこんなふうに解釈しています。

過去をいくら考えたところで、終わってしまったことだから後悔しかない。未来をどれだけ考えてもそれは未知ゆえの恐怖でしかなく、いまこの瞬間を生きるという意識が限られてしまう。だからこそ生きているいまに集中し、ほかの余計なことに心を奪われず、思考や感覚の軸をいまに持ち、意識を高めて自分で自分を生きる、というように。

昨年にスペインのマドリードで、そして今年2020年には東京の銀座で、私自身初となる撮影者としての個展を開催しました。その個展のタイトルをつける際、自然と浮かび上がってきたのがこの中今というワードだったのです。それは私が行っている素潜りでの海中撮影が、まさに過去でも未来でもなく、いまが大切だからです。

素潜りに臨む際に重要なのは、なにか特別なことを行うのではなく、小さなことを一つずつ丁寧に積み重ね、時に排除していくこと。私のルーティンは朝から始まります。その日の朝から素潜りが終わるまで、食べ物や飲み物は一切取りません。というのも食べ物を消化するにも酸素を消費してしまうためです。

それから余分な考え事もしないようにします。人間は体に取り込んだ酸素のうち、20%から30%を脳が使うと言われています。そのため考えることを頭の横の方に静かに置いておく。わかりやすく言うと瞑想に似た状態です。

それらの準備が整ったら、いざ海の中へ。といっても最初から海の動物たちと触れ合えるわけではありません。海の中は言ってみれば彼らの家であって、私はそこを訪ねている者です。自分の好き勝手にやるのではなく、彼らに合わせながら何回か潜ります。最初は向こうも変な顔をするんですが、私はいつもいる者ですよ、ここの住人ですよ、私を知らないの? という気持ちで接していると、彼らもだんだん慣れてくれるんですよ。最初は距離があったのがだんだんと近づいてきてくれて。打ち解けられたんだなと感じる瞬間です。

そしてここから、一期一会の冒険が始まります。海中で何が起きているか、どんな動物がいて何をしているかということは海面からはわかりません。潜ってみないとわからないのです。自分の呼吸か、それともインスピレーションか、何らかのタイミングで潜ってみると、たまたまウミヘビがとても麗しい姿で漂っていたりするのです。まるで「こんなきれいな私を撮って」とでも言わんばかりに。

私はほとんど反射的にシャッターを切ります。どんな動物が現れても驚きや喜びといった感情の起伏はありません。どの角度から、どんなふうに撮ろうなんてことも考えません。レンズの望遠機能も使いません。

たとえ多少ピントがずれたとしても、1秒前でも1秒後でもない、いまその瞬間を収める。いったい何がシャッターを押させているのか、実のところ自分でもよくわからないのですが、とにかくその一点に感覚を研ぎ澄ませるために、感情や思考を無効化するという感じでしょうか。潜っている間にモニターをチェックすることもなく、撮った写真を確認するのは陸に上がってきてから。そこで初めて「こんなふうに見えていたんだ!」と、感情が解放されるのです。

私は自分が撮影したいから撮るというよりも、海中の彼らが伝えたいことを収める。あくまでも声なき声の代弁者であり、海からの言葉を届けるメッセンジャーです。だからこそ彼らの一挙手一投足を逃さない。いまこの瞬間を大切にする中今という考えは、海の動物たちが教えてくれたことなのです。

二木あい(ふたき・あい)
水族表現家。1980年石川県生まれ。高校卒業後、ドキュメンタリー監督を目指しアメリカやキューバで勉強。2007年にフリーダイビングを始め、11年にメキシコにて「洞窟で一番長い距離を一息で泳ぐ」ギネス世界新記録を、フィンあり、フィンなしの2種目で樹立。空気タンクを使わず素潜りのみで水中世界の表現を続けている。撮影者として初の個展「中今 ~Naka-Ima“Here and Now”~」を、19年にスペイン・マドリードで、20年に東京・銀座で開催。20年、環境省「森里川海プロジェクト」の海のアンバサダーに就任。海から見た日本を発信する活動に取り組んでいる。

Direction & Interview:d・e・w
Illustration:Hiroki Wakamura