ドイツ時計産業の故郷とされるのが、ドイツ東部の古都ドレスデンである。ドレスデンは、17世紀終わりから18世紀初めにかけて、ザクセン選帝侯フリードリッヒ・アウグスト1世(強王)の治下、文化・芸術・科学の中心地として栄華を極め、“北のフィレンツェ”と謳われた美しい都である。アウグスト強王は建築や学問、手工業、芸術などの振興に力を注ぎ、ドレスデンをヨーロッパ有数の文化都市へと発展させた。ドレスデンのバロック建築を代表する聖母教会やアウグスト橋、ツヴィンガー宮殿もまた彼によって創建されたものである。
アウグスト強王は自身でも工芸、美術、科学、文化に強い関心を抱き、さまざまな蒐集を行った。ツヴィンガー宮殿内の「数学計器室」には当時の先端的な機械・機器が収蔵され、また王宮内の「時計の間」には多数の機械式時計が保管されている。これら貴重な収蔵品の手入れと管理を行うために雇われたのがザクセン宮廷時計師である。ドイツ時計の歴史はこの宮廷時計師によって開かれたと言っていい。このドレスデンで生まれ、時計職人として修業し、宮廷時計師となった後にやがてその近郊で時計工房を起こしたのがフェルディナント・アドルフ・ランゲ――高級時計ブランド、A.ランゲ&ゾーネの創始者である。A.ランゲ&ゾーネは第二次世界大戦後、旧東ドイツ政府に接収されるまでの100年余り、ドイツ高級機械式時計製造の中心であり続けた。
数多くの貴重な機器・時計類を収蔵していたツヴィンガー宮殿は、1945年2月のドレスデン大空襲によって壊滅的な被害を受ける。機械類は疎開させていたため難を逃れたが、その後の東西ドイツ時代にはドレスデンの名が歴史の表舞台から消え去り、宮殿も朽ちるに任せるばかりだった。1990年の東西ドイツ統一後にようやく改修が開始され、往年の姿を取り戻したのが2013年。A.ランゲ&ゾーネの支援のもと復興し、「数学物理学サロン」としてオープンした。サロンは2フロアからなり、計測機器やオートマタ(機械人形)、天文時計のコレクションの質量からは当時の技術水準の高さが伺える。また、後述するゼンパー・オーパー(ザクセン州立歌劇場)の“5分時計”の小型模型、複雑懐中時計など、A.ランゲ&ゾーネゆかりの展示物も並ぶ。