美術品の保存はランゲのサポートあってこそ

ドレスデン美術館の一つ。緑の丸天井があるレジデンツ城。

ザクセン王国の栄華をいまに伝えるもう一つのスポットが、ドレスデン美術館である。この名称はドレスデン市内にある12の美術館・博物館をまとめた総称であり、例えばツヴィンガー宮殿にはラファエロやルーベンス、フェルメールなどの絵画を展示する「アルテマイスター(古典絵画館)」、ドイツのマイセン陶磁や日本の伊万里焼を集めた「陶磁器コレクション」などがあり、そのほか「近代絵画館」や「古代彫刻コレクション」などで構成される。

なかでもザクセン王国の富力を、そしてアウグスト強王のある種“熱狂”的な収集癖を物語るのが、およそ3000点の宝飾品や時計を展示する「緑の丸天井(グリューネス・ゲヴェルベ)」宝物館である。ツヴィンガー宮殿の東、ザクセン選帝侯の居城であったレジデンツ城は前述のドレスデン大空襲で灰燼と帰したが、A.ランゲ&ゾーネなどの支援により復元され2006年に同宝物館としてオープンした。展示品は、琥珀、象牙、白銀、金銀細工、さらには宝石などに分類され、コレクションのボリュームとユニークさには圧倒される。

視認性重視のルーツは“5分時計”にある

ドイツ時計の歴史を語る際に欠かせないのが、ツヴィンガー宮殿内の数学物理学サロンに小型模型が展示されている“5分時計”である。その実物は、同宮殿前の広場の脇に立つゼンパー・オーパー(ザクセン州立歌劇場)で目にすることができる。

建築家ゴットフリート・ゼンパーの設計により1841年に竣工したゼンパー・オーパーは、かつてかのワーグナーが楽長を務め、リヒャルト・シュトラウスの作品の大半が初演されるなどの輝かしい歴史を持つ。ちなみにA.ランゲ&ゾーネはプレミアム・パートナーとしてこのゼンパー・オーパーをサポートしている。

高雅な装飾に包まれたホワイエを抜けホールへと進むと、その正面上部に5分時計が見える。この5分時計はA.ランゲ&ゾーネの創始者フェルディナント・アドルフ・ランゲと、彼の師匠であり後に宮廷時計師となったグートケスが共作したもので、作品上演中の暗闇の中でも時刻がわかるようにと設置された。時と分を独立させたデジタル式表示、ローマ数字とアラビア数字の組み合わせ、分表示が5分ごとに切り替わる瞬転式システムと、当時としては画期的な視認性を高めるための工夫が盛り込まれた。時計好き、ランゲ好きには説明不要だが、この5分時計のアイデアは、例えば「ランゲ1」のアウトサイズデイト(大型日付表示)や「ツァイトヴェルク」の瞬転ディスク式デジタル表示など、現代のA.ランゲ&ゾーネがつくる腕時計の発想の元にもなっている。

A.ランゲ&ゾーネの「ランゲ1」(左)のアウトサイズデイト、「ツァイトヴェルク」(右)の瞬転ディスク式デジタル表示は、ともに5分時計に着想を得ている。

ドレスデンの街にはいまも、はるか昔のザクセン王国の栄華がそこかしこに残り、そしてそれらはA.ランゲ&ゾーネと共にあることを実感する。A.ランゲ&ゾーネは創始者の曾孫に当たるウォルター・ランゲによって1990年に再興される。再興後初のコレクションは、完璧さを追求するドイツ的完全主義を感じさせ、デザインの端正さとムーブメントの美しさは比類がなかった。ウォルター・ランゲは惜しくも今年初めに他界したが、彼がA.ランゲ&ゾーネというブランドで示したのはドレスデンの文化・芸術へのオマージュであり、その精華として伝統を守り、受け継ぎ、未来へと残すことをブランドの使命としたのであろう。ドレスデンの文化・芸術へのオマージュがあればこそあの完璧なクラシシズムが生まれ、かつての偉大な時計師たちへの敬意こそが類まれな発明精神を生む。ドイツ時計の故郷、ドレスデンを訪れると、A.ランゲ&ゾーネというブランドの本質がはっきりと見えてくる。

text:d・e・w