違和感を覚えた腕時計の「常識」

4月19日、「平成29年度 文部科学大臣表彰 科学技術部門(開発部門)」が発表された。これは「我が国の社会経済、国民生活の発展向上等に寄与し、実際に利活用されている(今後利活用が期待されるものを含む)画期的な研究開発若しくは発明を行った者を対象」とする賞で、その中にシチズン時計の名前がある。業績名は「次世代対応型時計用潤滑油の開発」とある。

受賞者一覧には環境や医療、防災、自動車関連など、自然環境や人命にかかわる開発が多く、これまでの受賞歴を見ても腕時計の開発者が選ばれることは非常に珍しい。それほど画期的な潤滑油とはどんなものか。開発を一人で手がけたのがシチズン時計の赤尾祐司さんである。

赤尾祐司さん。シチズン時計、製品開発本部製品開発部化学応用担当課長。1962年生まれ。大学で有機化学を専攻し、87年シチズン時計入社。技術研究所を経て95年に時計部門に異動。「止まらない高品質時計の提供」を目指し、潤滑油の開発に着手。2002年「AO-オイル」を完成させ、今年4月「文部科学大臣表彰 科学技術部門(開発部門)」を受賞した。

赤尾さんは1987年にシチズン時計に入社。技術研究所を経て97年に時計部門に異動したが、そこである違和感を覚えたという。

「腕時計は半永久的に動き続けるものだと思っていたので、“止まり”があることに驚きました。修理で戻ってきた時計もそうですが、完成して出荷前に倉庫で保管されている時計にも、わずかながら不具合が出るものがあり、それが当然のような状況になっていました。不具合の原因を調査していくと、潤滑油に起因しているものが多いことがわかった。油が劣化することにより摺動力が低下し、電池の消耗や部品の腐食につながっていたのです。そこで、この状況を私の研究で改善できないかと考えたのです」

当時使われていた潤滑油は、30年以上前に開発されたもので、決して性能の優れたものではなかった。どのメーカーも不満を抱えながらも、代替品がなかったため選択の余地がなく、旧来の潤滑油を使わざるを得ない状況だったのである。その潤滑油に赤尾さんが着目したのは、有機化学を専門とする研究者であればこそだった。時計製造の現場に慣れてしまった技術者からすれば、潤滑油を改良するなどという発想に至ることはなかっただろう。

高性能な潤滑油の開発はまた、シチズン時計にとってはとりわけ意義があるものだった。シチズン時計は1976年に光発電エコ・ドライブ、いわゆるソーラー式の駆動装置をいち早く開発していた。これにより時計の動力が半永久的に確保できるようになり、電池交換のスパンは飛躍的に延びたが、潤滑油の劣化によるメンテナンスは避けて通れないままだった。高性能な潤滑油の開発は、光発電エコ・ドライブの性能を最大限発揮することにもつながると踏んだのである。

こうして赤尾さんの潤滑油開発が始まった。開発コードは「AO」、コンセプトは「劣化による止まり防止対策」である。