過去最大の35ブランドが出展
「SIHH」(Salon International de la Haute Horlogerie、通称「ジュネーブサロン」)は、カルティエを筆頭とするリシュモン グループが中心となり、毎年1月に開催する新作展示会である。リシュモン グループに属する各ブランドもかつてはバーゼルワールドで新作発表を行っていたのだが、「ソーセージの匂いが漂うバーゼルで(※バーゼルワールドは、会場でホットドッグを食べている人が多い)、高級時計の商談ができるか。もっとふさわしい環境で新作を発表したい」とバーゼルを飛び出し、場所をジュネーブに移して1991年にSIHHをスタートしたという経緯がある。SIHHは「高級」をコンセプトとするだけあり、会場内はゆったりとした優雅な雰囲気に包まれ、訪れるリテーラーやジャーナリストはすべてが招待制。エクスクルーシブな時計フェアである。
また、1992年からSIHHに参加していたフランク ミュラーが、多くのブランドが集う場ではなく、自分たちだけで単独の展示会を開催したいという思いから98年に開始したのが「WPHH」(World Presentation of Haute Horlogerie、国際高級時計展)である。ジュネーブ郊外のジャントゥという地域に立つ自社オフィス(ウォッチランド)を会場に、フランク ミュラー単一でスタートしたが、現在は同グループに加わったクストスやバックス&ストラウスといったブランドも新作を発表している。
出展ブランド数が過去最大に。その理由は……
さて、1991年の第1回SIHHはカルティエやピアジェ、ボーム&メルシエなどわずか5ブランドで開かれたが、その後徐々に規模を拡大して今年は35ブランドという過去最多の出展数となった。2017年にフランスのコングロマリット大手ケリングに属するジラール・ペルゴとユリス・ナルダンが加わり、さらに今年はエルメスが初出展。リシュモン グループ以外でも、高級ブランド大手が年々増えているのだ。
規模拡大のもう一つの要因は、2016年から「カレ・デ・オルロジェ」というエリア、通称「カレ」が新たに設けられたことにある。カレ・デ・オルロジェを和訳するなら「時計師たちの四角(い広場)」。カレに集まるのは、年産1000本にも満たない、小規模な独立系高級ブランドだ。生産本数こそ少ないものの、大規模ブランドとは異なる斬新なアプローチや前衛的な個性、時に「こんな発想はなかった!」と舌を巻くような新奇なメカニズムが彼らの持ち味であり、そんなサプライズが普通の時計に退屈している愛好家を喜ばせるのだが、SIHHが目をつけたのはまさに彼らだろう。高級時計が一般にまで普及してきた昨今、造詣と見識を持つ時計マニアたちの評価は少なからず影響力を持つ。2016年に9ブランドでスタートしたカレは、17年に13ブランド、そして18年は17ブランドと、この2年でほぼ倍増した。これまでの高級路線は崩さずに富裕層を取り込みながら、時計マニアの耳目も集める時計フェアへ発展させたいという意図が見て取れる。
こうした取り組みの成果か、主催者発表によれば、2018年のSIHHは来場者数が前年比20%増の約2万人、メディア関連の取材者も同12%増の1500人と、ともに過去最高の数字を記録した。実際に取材を行った身としても、総じて賑わいを感じる新作展示会だった。