2018年、SIHH&WPHHの傾向は?

ここ数年、新作発表のタイミングは各ブランド各様で、春と秋の2回、季節ごとに4回、あるいは毎月のように新作リリースを配信するブランドもある。ほんの10年前と比べても高級時計ビジネスのサイクルが短くなっているのは明らかだが、とはいえSIHHとWPHH、そしてバーゼルワールドがその年のハイライトとなる新作を発表する特別なフェアであることは今も変わらない。

では、2018年のSIHHやWPHHで主要ブランドが発表した新作はどうだったかというと、それぞれのブランドが持つ伝統やアーカイブ、固有の価値や技術をブラッシュアップしてきたという印象だ。まったく新しい開発やチャレンジングな試みがないわけではないが、どちらかと言えば手堅さを感じる時計フェアだった。

今年の新作発表会で、なぜ堅実な印象を受けたのか。理由の一つはスイス時計産業の成長鈍化、そしてもう一つ、機械式時計の開発自体が成熟を迎えつつあるということが大きい。1980年代に再び脚光を浴び始めた機械式時計は、もともと懐中時計用につくられた機構をいかにして腕時計に載せるかという方向で進化してきた。2000年代に起きた複雑機構開発競争はその流れの中にあったが、そんな“ブーム”が過ぎ去った今、単に複雑な時計をつくるだけでは差別化が図れなくなった。デザイン的には時計の裏蓋やダイヤルをシースルー仕様にして内部のメカニズムを見せる、これまで時計製造には使われなかった素材で新味を打ち出すなど、言うなれば腕時計の21世紀的デザインが見られたものの、そうした局面もここ数年で一段落した感がある。

高級ブランドが高級であり続けるための新価値を創造するのが困難になってきた今、ブランド各社はユーザーの趣味嗜好やライフスタイルをより強く意識した戦略を取り始めた。カルティエやジャガー・ルクルトなど多くのブランドが同時多発的に工具なしで簡単に付け替え可能なストラップシステムを発表し、オーデマ ピゲは主要コレクションで多彩なカラーバリエーションを展開した。こうした、ユーザーのパーソナルな嗜好に応える製品開発が目を引いた。

高級時計はファッション化するか?

さらに、SIHHのブースを見渡せば、時計そのものをアピールするのではなく、その時計で伝えたいライフスタイルを想起させるディスプレーが目立った。広告ビジュアルやイメージムービーに、ユーザーが憧れを抱きそうな世界的な著名人を起用するブランドも少なくない。もはや情報発信の手法にSNSを利用しないブランドはなく、会場では“インスタ映え”を狙った展示も多かった。「何をつくるか」のみならず、「どう訴求するか」という部分に注力するブランドが増えているのは明らかだ。

こうした製品開発の方向性やマーケティング手法の変化が示すのは、高級時計業界がファッションの世界に足を踏み入れ始めたということかもしれない。「伝統を踏まえればこそ高級時計」という価値観が変わり、いかに時流を捉えるか、スタイルコンシャスなユーザーの目に留まるかという部分が優先されつつあるように感じる。成熟から新しい変化が見え始めたこんな時代だからこそ、今また高級時計の世界が面白い。

text : Hiroaki Mizuya(d・e・w)

photograph : Kazuteru Takahashi