時計好きならばまず見聞きしたことがあるクロノグラフの名機、それがゼニスの「エル・プリメロ」である。1969年に世界初の自動巻きクロノグラフキャリバーとして誕生しただけでなく、しかもそれが毎時3万6000振動という高精度を追求したものだった。同年、ゼニスを追うようにして他のメーカーも自動巻きクロノグラフの発売を開始するが、エル・プリメロは、それら後発機が霞んでしまうほど高い性能を備えていたのである。

この時計に刺激を受けるのは、こんな男だ!


・ものづくりやメカニックに魅かれる人
・“世界初”という先進性に憧れる人
・プロも認める名機で自分を鼓舞したい人

現在、ゼニスはこのエル・プリメロをブランドの柱として、業界屈指のクロノグラフのラインアップを誇っている。素材やカラーのバリエーションも豊富で、ダイヤルの一部または全部を省いてシースルー仕様にしたモデルも人気だ。今回はその中から、1969年製のオリジナルデザイン(冒頭の写真)を踏襲した「クロノマスター エル・プリメロ‐38mm」を取り上げる。38mm径という小振りなケースを採用し、オリジナルに使われていた3カラーをインダイヤルにあしらったヴィンテージ感が漂う1本である。

2017年発表の「クロノマスター エル・プリメロ‐38mm」。スレートグレーの文字盤に3つのカラーに色分けされたインダイヤルが並ぶ

1960年代、スイスや日本の主要時計メーカーの間では、自動巻きクロノグラフキャリバーの開発競争が起きていた。つまり、この時代までのクロノグラフはすべて手巻きであり、飛行機や車の世界とのつながりを深めていく中で、手で巻き上げる必要のない自動巻きが待望されていたのである。

この開発競争で一歩抜け出たのがゼニスだった。1969年1月に、世界初の自動巻きクロノグラフキャリバー、エル・プリメロを発表する。だが、じつは発表後、実際に製品化するまでに半年以上の時間を要し、「世界で初めて発売された」という冠辞は他のメーカーに譲ることになる。それでもエル・プリメロが名機として現在にまで受け継がれる理由は、世界初だからではない、性能面での圧倒的なアドバンテージがあったからだ。

エル・プリメロの初号機、キャリバー3019PHC。自動巻きの巻き上げ機構を備えながら直径30mmとコンパクトに抑えた点も秀逸だった

それは大きく次の3点に集約される。まずは、当時の常識を大きく覆した毎時3万6000振動の高振動ムーブメントであったこと。機械式ムーブメントにおいて、高振動とは高精度につながる大きな条件である。二つ目は、動力消費の激しい高振動キャリバーでありながら50時間のパワーリザーブを有していたこと。そして最後が、ベースムーブメントとモジュールの組み合わせではない、一体型の設計だった点である。一体型キャリバーのメリットは動力伝達効率や信頼性の面で優れることにある。

これら3つの特徴から見えてくるのは、ゼニスの時計師たちはエル・プリメロを開発するにあたり二つの使命を自らに課していたということだ。自動巻きクロノグラフという前人未到の新地平に挑むと同時に、その完成形をも目指すという二点である。現在までの50年にわたりエル・プリメロの基本設計が変わっていないことは、そのミッションが見事完遂されたことの証しだろう。

現代の暮らしにクロノグラフの実用性はあまりない。だが、このエル・プリメロには語り継がれるべき時計づくりのストーリーがある。ふと時計に目を落とし、クロノグラフのプッシャーを押せば、技術の高みを目指し、完成にこぎつけた当時の時計師たちの矜持や熱情が脳裏に浮かぶはずだ。ビジネスでパワーが欲しい時や、ここぞの大一番に挑む時、そんなストーリーを思い起こして自分を鼓舞するのもいい。

働く男を刺激するクロノグラフ#8
ゼニス「クロノマスター エル・プリメロ‐38mm」

ステンレススティールケース。ケース径38mm。自動巻き。10気圧防水。80万円(税別)

「クロノマスター」は現在のゼニスの主要メンズウォッチコレクション。一時、「エル・プリメロ」という名の別コレクションも展開していたが、それを統合し現在のクロノグラフの一大コレクションに至った。オリジナルのデザインを踏襲したこのモデルは小振りのサイズ、オーセンティックなデザインでビジネスシーンでも身に着けやすい。裏蓋はシースルー仕様で、エル・プリメロ400キャリバーがその目でも楽しめる。インナーベゼルにタキメーターを装備。パワーリザーブは50時間以上。

text:d・e・w