高級時計はテクノロジー20%、デザイン80%

【水谷】ニールズさんは、昨年2月にフレデリック・コンスタントの実務責任者に着任しました。ブランドトップに任命された時の心境は?

【ニールズ】非常に光栄に感じました。2012年にフレデリック・コンスタントに入社して6年ほどたち、直近はワールドワイドのセールス部門の責任者でしたが、もっと責任の重いものを任せてもらえるということで、とてもやりがいを感じましたね。

【水谷】ピーターさんは、なぜニールズさんを任命したのでしょう? プロダクトやマーケティングの責任者を選ぶこともできたはずですよね。

【ピーター】セールス、プロダクト、マーケティングということではなくて、経営する力、マネジメントの能力に注目したのです。われわれのブランドは100人規模の会社で、ヨーロッパやアメリカ、アジアなど世界各地に支社があります。また、プロダクトやマーケティング、ディストリビューションの各部門にはそれぞれ責任者がいます。これらの組織や人をまとめて、やる気を起こさせ、会社を導いていける人という点で選んだのです。

ピーター・C・スタース氏。フレデリック・コンスタントのほかアルピナ、アトリエ・デモナコを持つフレデリック・コンスタントグループの社長

【水谷】ピーターさんは時計業界以外でも働いた経験がおありです。時計ブランドを経営することは、一般的な会社を経営することと異なるものでしょうか?

【ピーター】若いころに電子機器メーカーのフィリップスで8年ほど働いていました。時計ブランドの経営には、二つの重要な要素があると思います。一つはプロダクトデザインに注力しなければならないこと。もう一つはブランドのイメージを高めていくことです。

【水谷】どんな業界でもメーカーであれば、多かれ少なかれデザインは重要です。時計の場合はその重要度がより高いということですか?

【ピーター】そうです。大まかに言うと、電子機器は80%がテクノロジー、20%がデザイン。でも時計などラグジュアリー商材は20%のテクノロジーと80%のデザインが必要だと思います。

アメリカ、中国、そして日本はまだまだ伸びる

【水谷】ニールズさんが実務責任者に就任して、最初に取り組んだことは?

【ニールズ】まずは組織力の向上です。2016年にシチズン時計のグループになったため、世界の5つのエリアでシチズンとフレデリック・コンスタントのビジネスが一つになりました。そのため、まずは組織内の基礎固めが必要でした。

【水谷】組織力向上というのは、具体的にどんなことを?

【ニールズ】明確なリズムを与えたのです。日ごと、週ごと、月ごと、四半期ごとで仕事のリズムをつくり、繰り返し行い、最終的に大きな使命を与える。すると組織が機能的に動き出すのです。ほかに製造側とセールス側が互いに協力する体制づくりにも取り組みました。

日本初のインタビューとなったニールズ氏。明快な語り口に自信がにじむ

【水谷】それらの基礎固めはこの1年でほぼ完了しました?

【ニールズ】これで満足しているわけではないけど、成長するための準備はできた。その一つが今年オープンする新工場です。

【水谷】ジュネーブのプラン・レ・ワットにできる工場ですね。この工場の役割は?

【ニールズ】生産本数を増やします。既存の工場とほぼ同規模の新工場になるので、今後5年くらいかけて倍増する計画です。日本のスタッフたちにももっと頑張ってもらわないと(笑)。

【水谷】それは大変だ(笑)。いまフレデリック・コンスタントには、機械式時計のラインの中に自社製ムーブメントを載せたものとそうでないものがあり、さらにクオーツ時計のライン、そしてスマートウォッチと、多彩な製品群がありますが、どのラインを増やすのでしょう?

【ニールズ】すべてをバランスよく増やすつもりですが、強いて言うなら(自社製ムーブメントの)マニュファクチュールラインです。自社工場をこれだけ大きくするので、やはり自社製の比率を高めていきたい。

ジュネーブにあるフレデリック・コンスタントの工場。この隣に同規模の新工場が2019年6月に竣工予定

【水谷】増産して、新興諸国など新しいマーケットに進出するのですか?

【ニールズ】いいえ、既存マーケットのシェアを拡大することが狙いです。

【水谷】それは意外ですね。日本にいると高級時計が飽和状態のように感じるのですが、まだ伸びしろはありますか?

【ニールズ】特にアメリカ、中国、また日本もそうですが、まだまだ伸びる余地があると考えている。私たちの強みは、マーケットのニーズに耳を傾けていること、そして非常に強い商品力があることです。商品力を構成する要素のうち、とても重要なものが適正な価格であること。私たちはそれをずっとやってきている。この商品力と地域性に合わせる柔軟性があればシェア拡大も可能だと思います。

他ブランドにはないアドバンテージがある

【水谷】時計のつくりや美しさを見ると、価格以上に高い満足感を得られるハイバリューなブランドだと思います。ただこの数年は、フレデリック・コンスタントが得意とする50万円以下の価格帯が激戦区になりつつある。それまで50万円以上の価格帯で展開していたブランドが価格を下げる動きも見られます。それらのコンペティターはやはり脅威に感じますか?

【ニールズ】まずは、そういった競合が出てきたのはいいことです。価格を下げているブランドがあることは私も把握しています。でも、ただ下げればいいわけではなくて“いかに差別化を図るか”が重要です。そこができていないブランドが多い。

価格を下げるということは、それまでのブランドのファンとは異なる消費者に販売することになります。それはとても危険なことだと思う。私たちはこれまで一貫してこの価格帯に留まり続けてきた。この価格帯で可能な革新的なことをやってきた。それらの強みは大きいと思います。

ニールズ氏はピーター氏の熱意に引かれて2012年に入社した。ともにオランダ出身の2人がスイス・ジュネーブでウォッチビジネスを行う

【水谷】絶対的な自信をお持ちですね。先月、バーゼルワールドが開催されましたが、今年のビジネスも順調ですか?

【ニールズ】ご存じのように今年はスウォッチ グループが不参加だったため、商談数が昨年より減り、受注額も減少することを見込んでいました。実際、われわれのブースへの来場者は16%減少したのですが、受注額はほぼ前年並みを達成できた。フランス、ドイツ、日本が特に好調でした。反対に、ロシアとアメリカが不振でした。

バーゼルワールドのフレデリック・コンスタントのブースには、これまでに開発した歴代のマニュファクチュール・ムーブメントがディスプレーされた。©Kazuteru Takahashi

【水谷】最後に、フレデリック・コンスタントをどんなビジネスパーソンに着けてほしいか、またその理由をお聞かせください。

【ニールズ】学校を卒業して働き始めてしばらくした人から、経営層までいかずとも、ある程度キャリアがある人。そういう経験を持つ人は、時計を選ぶ際にパテック フィリップはいい時計だと分かるかもしれないけど、実際買えるかどうかというとそれは別の話です。

私たちはいろいろな時計を持っています。手にしやすい価格のものから、マニュファクチュール・ムーブメントのもの、コンプリケーション(複雑時計)まである。ターゲットが30~45歳とすれば、最初に買うものもあるし、次にこんな時計がほしいというニーズにも応えられます。おそらく2~3本くらいは満足できるラインアップがある。45歳以上になってさらにいい時計がほしいとなれば、その時はほかのブランドへと目を向けるのだと思います。

【水谷】2本、3本と購入するリピーターは多いのですか?

【ニールズ】多いです。スマートウォッチを含めれば25歳くらいから、非常に幅広い年代がターゲットになる。その人が成長して別の時計を買う、ということもよくあります。

【水谷】腕時計が不要という考えもある時代、高級時計の入り口となるブランドの重要性は今後より高まっていく気もします。これからも時計の楽しさ、美しさを広めるようなプロダクトを楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。

ニールズ・エガーディン/Niels Eggerding
フレデリック・コンスタント実務担当役員
24歳、大学在学時に時計業界で働き始める。その後スウォッチ グループに入社し、主にロンジンのディストリビューションを担当する。同グループに11年勤めた後、2012年にフレデリック・コンスタントに営業副部長として入社。14年、販売・営業部長に就任。18年2月より現職。1978年、オランダ・アムステルダム生まれ。


水谷浩明/Hiroaki Mizuya
編集プロダクションのd・e・w(デュウ)にて、2007年より高級時計関連の記事制作を行う。ビジネス総合誌「プレジデント」、ウェブマガジン「プレジデントスタイル」の時計記事を担当するほか、カタログや会員誌等の制作も手がける。

Interview & text:Hiroaki Mizuya(d・e・w)
Photograph : Hisai Kobayashi