トゥールビヨンの祖、ブレゲの一つの到達点

21世紀を迎えたころ、高級時計の世界をにぎわせていたのは複雑時計だった。そのころの複雑時計の華といえばトゥールビヨンである。技術難度の高さもさることながら、キャリッジの動きが目に見える楽しさ、そして1000万円オーバーという破格のプライスも相まって、時計のプロや愛好家たちの耳目を大いに集めた。毎年いくつものトゥールビヨンが発表され、さながらブームのような様相を呈していた。

そんなやや浮かれた時代にあって、一部のトップメーカーたちは単にトゥールビヨンを完成させるだけでなく、内部機構に真摯に向き合いトゥールビヨンの性能向上に取り組んでいた。その一つがブレゲである。そもそもトゥールビヨン機構は、1775年にブレゲを創業した時計師、アブラアン-ルイ・ブレゲの発明によるもの。機械式時計は時計の向き(姿勢)によって重力の受け方が変わるため、その重力の影響を均一化して精度を安定させることを目的に開発された。ルイ・ブレゲは、時計精度を左右するテンプと脱進機を一つのキャリッジに収納し、そのキャリッジごと一定の速度で回転させるという型破りなアプローチを発想し、見事実機化に成功。1801年には特許を取得している。

数々の機構を開発し「時計の歴史を2世紀早めた」と言われるルイ・ブレゲの発明の中でも、このトゥールビヨンはとりわけ画期的な機構として今に受け継がれている。現代のブレゲ・ブランドも思い入れは強く、1980年代にはすでに腕時計トゥールビヨンを完成させ、以後、性能向上のためにさまざまなブラッシュアップを果たしてきた。トゥールビヨンが高級時計界を騒がせた21世紀初頭、ブレゲのトゥールビヨン技術はすでに2歩も3歩も抜きん出ていたのである。

今回取り上げる「トラディション トゥールビヨン・フュゼ」は、そんなブレゲのトゥールビヨン開発の一つの到達点と言えるモデルである。このモデルは2007年にイエローゴールドケースでデビューし、この夏、ブルーをアクセントカラーに使用したプラチナケースのモデルが新たに登場した。

時計表面
時計表面にムーブメントをあらわにしたトラディション特有の意匠とブルーカラーの組み合わせが、モダンで軽快な印象を発する「トラディション トゥールビヨン・フュゼ」。プラチナケース。ケース径41mm。手巻き。3気圧防水。アリゲーターストラップ。2607万円(税込)
風防
風防はドーム状のサファイアクリスタル製。ケース側面に施されたコインエッジ装飾と合わせて、程よいクラシック感が薫る
時計裏面
プレートやブリッジにロジウム加工を施したキャリバー569を搭載。毎時1万8000振動で、50時間のパワーリザーブを有する

このモデルが他のトゥールビヨンと一線を画す最大の理由は、動力の伝達にフュゼ・チェーン・トランスミッション(鎖引き伝達機構)を採用していることだ。ブルーに熱処理加工されたチェーンと円錐状の滑車がその部分に当たるが、これらの目的は主ぜんまいの巻き上げ状態にかかわらず、一定の動力(コンスタントフォース)を供給することにある。

通常、主ぜんまいから伝わるトルク(力の大きさ)は、ぜんまいが完全に巻き上げられた状態が最も大きく、巻き上げ量が減るにつれて小さくなる。そのトルクの変化を防ぎ、一定の動力を供給することで時計の精度を安定させるのがこの鎖引き伝達機構である。ちなみに、この鎖引き伝達機構の仕組みが発明されたのは15世紀とされ、決して新しいものではないが、腕時計に収めるには技術難度が非常に高く、製造できるのは数ある高級時計ブランドでもわずか数社にとどまる。

時計表面アップ
時分針が備わるインダイヤルの右側に置かれたのが円錐状の滑車。インダイヤルの左上に見える主ぜんまいのトルクをブルーのチェーンを介して安定させ、ぜんまいの残量に問わず精度を一定に保つ役割を担う

また、現代のブレゲを象徴するマテリアルの技術も盛り込まれた。テンプは軽量なチタン製として、振動の際の負荷を軽減。さらにひげぜんまいやアンクルの爪には、腐食や摩耗への耐性に優れ、磁場の影響を受けないシリコン素材が用いられた。一つの到達点と前述した理由がここにもある。

脱進機のアップ
脱進機のアップ。シリコン製ひげぜんまい、チタン製テンプ、さらにその奥には赤いシリコン製の爪がついたアンクルが覗く

この数年、高級時計の開発が、より使い勝手が良く、より実用的な方向へとシフトしている。複雑時計もその例に漏れず、耐久性や耐衝撃性、操作性や安定性などを向上させた新作が多く見て取れるが、いっときの潮流に流されることなくつねに実用を前提に内部機構の開発を進めてきたのがブレゲである。この「トラディション トゥールビヨン・フュゼ」は、少なくともトゥールビヨンの分野においては最高峰の実用性を備えたモデルだと言っていい。デイリーユースできる複雑時計として推挙するゆえんである。

問い合わせ情報

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text & edit:d・e・w
photograph:Kazuteru Takahashi