機械式と天文、奥深い世界へと誘うメカニズム
この数年の働き方の変化により、オンとオフの境界は従来ほど明確ではなくなった。それはビジネススタイルにも顕著で、腕時計一つとってみても、オンタイムには控えめなエレガントウォッチを、ダイビングウォッチやクロノグラフなどのスポーツウォッチはオフタイムに、という時代ではなくなってきた。こうした時代変化を受けてユーザーからの支持を集めているのが、オン・オフを問わずに着用できる腕時計。すなわちエレガンスとスポーティーさを併せ持つ時計である。
ヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ」はそうした時計の代名詞的なコレクションである。同メゾンは1755年の創業以来、精緻な装飾を施した宝飾時計や、クラシシズムが薫るエレガントウォッチを得意としてきたが、創業222周年を迎えた1977年にメゾン初となるスポーティーシックな「222」という限定モデルを発表する。この時計のデザインを大胆かつ現代的に解釈し直して1996年にコレクション化したのがオーヴァーシーズとなる。20年後の2016年にデザインの見直しを行い、よりモダンな方向へとアップデートしている。
オーヴァーシーズの外観上の特徴を挙げるなら、ブレスレットへとシームレスに繋がるケースのフォルム、メゾンのシンボルであるマルタ十字をあしらったベゼル、そしてダイヤル上のバーハンドや楔形インデックスといった意匠になる。そうしたデザインワークの妙もさることながら、明らかに他と一線を画すのがブレスレット/ストラップを3種から自在に付け替えられることだ。現行のオーヴァーシーズは全てのモデルにメタルブレスレット、レザーストラップ、ラバーストラップの3種が付属し、ユーザーは工具なしでその日のTPOや服装に合わせて付け替えることができる。合わせるブレスレット/ストラップのテイストによって、エレガントにもスポーティーにも振ることができるのである。“代名詞的な”と称したゆえんだ。
今年、そのオーヴァーシーズに加わったのが「オーヴァーシーズ・ムーンフェイズ・レトログラード・デイト」である。デザインの特徴はそのままに、新しくレトログラード式の日付表示とムーンフェイズ表示が搭載された。
前者のレトログラードとは、扇状の目盛りの上を針が進み、針が終点に達すると始点へとジャンプして戻る機構のこと。ヴァシュロン・コンスタンタンでは1920年代にこの機構を懐中時計に組み込み、腕時計でも1940年代から取り入れてきたゆかりの深い機構である。今年このレトログラード機構を用いた日付表示がオーヴァーシーズに初めて搭載された。もう一方のムーンフェイズは約29.5日周期の月齢をダイヤル上に表現したもので、ヴァシュロン・コンスタンタンはその精度を絶えず追求してきたメゾンの一つ。この新作には122年間で1日の修正しか要さない高精度のムーンフェイズ機構が搭載された。
さて、この新作を概すれば、これまでどちらかと言えば、エレガントかつスポーティーというスタイルを打ち出してきたオーヴァーシーズに、高級時計の老舗らしい豊かな機械技術を吹き込んだモデルと見ることができる。ユーザーにとっては、従来からの汎用性に加えて、通常の円運動とは異なるユニークな針の動きや、月相や星々が織り成す天文の神秘を文字盤上で愉しめるようになった。シーンを選ばないだけでなく、ふと時計を見た瞬間に機械式の世界や天文の世界へと誘ってくれるような、そんな感情的な方向へとさらにマルチな魅力が加わった。
photograph:VACHERON CONSTANTIN
edit & text:d・e・w