正確かつ永続的に刻み続ける機械式時計を求めて
スイスのビール/ビエンヌに本拠を置くスウォッチ グループは、世界最大の時計製造グループである。ブレゲやオメガなどを柱とする17(日本展開は12)のブランドを擁し、それ以外にムーブメント製造のETA(エタ)社、ひげぜんまいなどのコンポーネントの開発にあたるNIVAROX-FAR(ニヴァロックス・ファー)社、さらに針や外装部品など多数のメーカーが名を連ね、グループ内外を問わずにパーツの製造・供給を行っている。スイス時計産業の中核的役割を担うとともに、パーツや素材のR&D(研究開発)においても世界トップの水準にある。
このスウォッチ グループは、かつてはバーゼルワールドを新作発表の場としていたが、現在はそうした合同の新作フェアから離れ、ブランドごとに独自に新作発表を行う方針を取っている。そのうちの一つ、オメガがこの春発表した新作は、同グループの力量を改めて思い知らされるほど衝撃的なものだった。それが今回取り上げる「スピードマスター スーパーレーシング」である。特筆すべき衝撃の内容とは、時計の精度が日差0~+2秒に至ったことだ。
機械式時計の精度基準は、高精度の一つの目安となるCOSC(スイス公式クロノメーター検定協会)が日差-4~+6秒、より厳格なカリテ フルリエが同0~+5秒、それらを超えて高精度を追求するブランドでも最高レベルで同-2~+2秒といったところ。しかも大半のブランドにとってはCOSCの基準をクリアするのも一苦労で、その先は世界でもほんの数ブランドしか足を踏み入れていない極限の領域である。わずか1秒の精度向上がどれほど大きな進化かは、推して知るべしだろう。
今回オメガは、機械式時計の精度を司る脱進機の中でも、特に重要なテンプとひげぜんまいを刷新することでこの高精度を実現したという。スウォッチ グループが持つ技術力とオメガが有する高性能なムーブメント製造の技術・ノウハウを動員し、まずは全く新しいシリコン製ひげぜんまいを開発。その特性を最大限引き出すようにテンプも新たに考案された。
オメガがスピレートシステムと名付けるこの新しいひげぜんまいとテンプの採用により、時計職人がテンプ受けに設置された独自の調整機構を介して、ひげぜんまいの取り付け部の剛性を調整することが可能になった。結果的に日差0~+2秒という精度まで追い込むことが可能になったという。
このたび開発したスピレートシステムは、オメガが目指す夢の機械式時計への重要な足跡としてその歴史に刻まれるものだ。1999年のコーアクシャル脱進機の発明を起源とするこの四半世紀を振り返ると、オメガの機構開発とは常にユーザビリティーの向上を目指して取り組んできた成果だと言っていい。
機械式時計の不具合の半数以上は磁気帯びによるものである。そして従来、時計精度の調整や追い込みは熟練時計師の腕や勘が頼りだった。こうした不具合や手間暇は、ユーザーにとってはストレスに他ならない。オメガのミッションとはそれらを一つずつ取り払い、将来的にはユーザーをあらゆるストレスから解放することである――という視点に立つと、今年のスピレートシステムまでの開発が一本の線で繋がってくる。基本性能の改良が頭打ちになりつつある昨今だからこそ、時刻を「いつまで、不具合なく、正確に」表示するという時計本来の役割に真っ向から向き合うオメガの開発が際立って見える。そして、そんな夢の機械式時計に最も近いところにオメガのプレゼンスがあることは言うまでもない。
photograph:OMEGA
edit & text:d・e・w