時代の寵児たちの逸話に彩られたカルティエ「サントス デュモン」。現代的魅力は"シーンレス"にある［空から生まれた名作時計#1］

空をテーマとした腕時計といえば、まず取り上げなければならないのがカルティエである。「サントス」の愛称で親しまれているカルティエの腕時計は、空に憧れ、空に挑み、やがて空を自由に駆け巡った男との出会いから制作された経緯があるからだ。

このサントスとは、ブラジルのコーヒー農園の御曹司であるアルベルト・サントス＝デュモンのことを指す。彼は空を飛ぶことを夢見、当時ヨーロッパの才人が集まっていたパリで“空飛ぶ機械”の製作と飛行に熱中した。自ら発明したエンジン付き飛行船でパリの空を自在に駆け巡り、さらに懸賞付き飛行レースにも挑んだサントス＝デュモンは、ある問題に直面する。

単なる飛行ではなくレースとなると、重要になるのがタイムである。だが当時は持ち運べる時計といえば懐に出し入れする懐中時計であり、操縦中に時間を確認するのが不便この上ない。危険でもある。もっと容易に時間を確認できないか――。そんな不満を相談した相手が、パリ社交界での友人であり、カルティエの3代目当主、ルイ・カルティエだった。ルイ・カルティエは友人の願いを叶えるべく、時計のケースにレザーのストラップを固定してそれを手首に巻き付ける「腕時計」を創作する。

だが、彼が創ったのは単なる時間確認用のツールではなく、パリきってのしゃれ者であるサントス＝デュモンにふさわしい装飾品でもあった。丸形の懐中時計が主流の時代に角形ケースを採用したのは、ストラップとの調和を追求し、手首への装着感を考慮すればこそである。ルイ・カルティエのエステティックな感性の賜物ともいえるサントスはこうして完成し、友情の証しとしてサントス＝デュモンに贈られたという。1904年のことだ。ちなみにこの時計は、世界で最初の男性用実用的腕時計として周知されている。

今回取り上げるカルティエの「サントス デュモン」は、ネーミングの通り、かのアルベルト・サントス＝デュモンにちなむコレクションである。実はルイ・カルティエが彼に贈った時計の詳細は明らかになっていないが、その後の資料から現代のカルティエがオリジナルデザインを類推し、サントス＝デュモンにオマージュを込めて2019年に発表したコレクションとなる。同コレクションから登場した今年の新作が、18Kイエローゴールドを用いた下の2モデルである。

オリジナルモデルを踏襲したサントス デュモンのデザインは、控えめでありながら個性もあり、着け手の趣味の良さを物語ってくれそうな趣がある。2針、ローマンインデックスのシンプルなダイヤルに、角形ケースは流れるようなラインのラグを介してストラップと調和、小ぶりで薄型のケースは手首にフィットしこれ見よがしの主張はない。あくまでもアンダーステートメントでありながら、スポーティーにもエレガントにも、そしてドレッシーにも変化してシーンを選ばない。かつてパリの社交界の人気者だったアルベルト・サントス＝デュモンさながら、現代のスタイルコンシャスなビジネスパーソンによく似合う時計である。