鉄道の発達など時代のニーズから誕生
ヨーロッパの文化史において、1920年代はこのように表現されることがある。「フォルムの勝利」の時代であると。家具であれ、宝飾品であれ、グラフィックであれ、1920年代のオブジェクトは大胆で強い個性を持っており、すぐに見分けがつくようなフォルムが圧倒的に多い。
時計でいえば、カルティエの「タンク」がまさにそれだ。手掛けたのはカルティエの3代目当主であり、1904年にかの有名な「サントス」を完成させたルイ・カルティエである。ルイは1917年にタンクの最初のデザインを完成させると、2年後の19年に「タンク ノルマル」として販売を開始する。上流階級の間で瞬く間に話題となり、続く1920年代には、タンクを身に着けることが富とステータスの象徴であるとする一種の文化現象を巻き起こした。その理由を求めるならば、タンクが普遍的でありながら大胆なフォルム、すなわちケース左右の2本の縦枠を持っていたからだ。
そのフォルムの妙を裏付けるのが、1928年に登場した「タンク ア ギシェ」である。時計の表面を金属で覆い隠し、そこに設けた2つの小窓(=ギシェ)で時分を表示する方法は、鉄道などの発達によりデジタル表示式時計が流行していた市場のニーズに応えるためのものだった。凡百の時計であれば、時計の“顔”であるフェイスを覆うなんてあり得ない。自らの個性を隠すようなものである。そんな常識外れのアプローチを取ってなおタンクらしさを失っていないのは、2本の縦枠さえあればそれと認識できるフォルムゆえである。
さて、今年のカルティエは、「カルティエ プリヴェ」から新しいタンク ア ギシェを発表した。カルティエ プリヴェとは、カルティエが過去に発表したウォッチを再解釈したコレクションのこと。今年はタンク ア ギシェをテーマに、1928年発表のオリジナルを踏襲したものと、小窓の配置をアレンジした限定品の2型4モデルが登場した。




カルティエの歴史を彩ってきた豊かなアーカイブを現代的に再解釈すると同時に、内部機構にも注力するのが21世紀のカルティエである。
このタンク ア ギシェにも、ジャンピングアワーとディスク式分表示を備える手巻きのキャリバー 9755 MCが新しく搭載された。オリジナルモデルと同様にリュウズは12時位置に配置され、ストラップまで含めてタンクらしいバーチカルなラインが際立つデザインに仕上げられた。顔を隠すという大胆な発想で脚光を浴びがちだが、その実、端正なフォルムゆえの品格と優れた判読性を兼ね備えた、エグゼクティブに格好のタイムピースである。

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