夜は白いシャツに着替えるだけでもエレガント
――日本のエグゼクティブにアドバイスをお願いします。まず、スーツを着るときに重要なことは何でしょうか?
【長谷川】その場にふさわしい装いを心がけることです。たとえば、私がイタリアのサルトリア取材でお世話になったイタリアの服地メーカー、ヴィターレ・バルベリス・カノニコ(VBC)の社員をみていると、昼間はダークスーツにカラーシャツを着ても、ディナーでは白いシャツに着替えます。先日、都内で開かれたレセプションにVBCのマネージャーが出席したときも、彼は予想以上の暑さに「用意してきたネクタイの色が合わない」と、パーティの前にセレクトショップに行き、気候に合わせて爽やかなカラーのタイとチーフを選び直していました。そこまでシチュエーションや周囲の人に細やかに配慮したスーツスタイルであれば、第一印象で「仕事ができる人」「一緒に仕事をしたい」と思われるはずです。日本の男性もオフィスに白いシャツを用意しておくようにしてはいかがでしょう。夜に予定があるときにパリッとしたシャツとフォーマル感のあるタイに着替えて出かけるだけでも素敵だと思いますよ。
――シーンにふさわしい着こなしは、どこから学んだらいいでしょうか。
【長谷川】今はファッションに関する情報が溢れていて、インターネットを見るだけでもお手本となる情報が得られます。ただし、芸能人の真似はしないこと。芸能人とビジネスマンはスーツを着る目的が違い、芸能人は華やかに装うのが職業であって、ビジネスマンとは異なる着こなしです。身近な海外のお手本といえば、香港にあるメンズファッション・ショップ「アーモリー」の共同設立者、マーク・チョー氏。彼はマレーシア国籍で、イギリスに生まれ育ち、大学時代はアメリカで過ごした経歴があり、スーツスタイルにもイギリス、イタリア、アメリカのものを上手くミックスして取り入れています。体型も日本人に似ていますから、日本のエグゼクティブの良い参考になると思います。お手本にしたらいいなと思うひとつは、ヨーロッパのハイソサエティのスーツスタイルです。彼らは子どもの頃から、ドレスコードやフォーマルシーンにふさわしい振る舞いを教育されてきているので、まず「ドレスコードありき」のルールが学べるのではないでしょうか。
――どんなスーツを選んだらいいでしょうか。
【長谷川】誰もがダークネイビーのスーツにオックスフォードの黒革靴というフォーマルシーンで、どこに差が現れるかといえば、スーツのクオリティです。たとえば、合成繊維と、上質なコットンやウールとでは質感が違い、見る人が見ればその差は歴然です。シャツも形状記憶は避けたほうがいいでしょう。何を着るかによってジャッジされるエグゼクティブの世界において、上質なスーツを着ることは、成功に不可欠なインベストメントだと思います。
――クオリティの高い究極のスーツ、それは完全注文の紳士服に行き着くのでしょうか。
【長谷川】そうですね、完全注文の紳士服、イギリスでいえばビスポーク、イタリアでいえばス・ミズーラは最高峰の店であれば一着70万円~80万円もしますが、オーダーしているのは主に世界の富裕層です。大量生産が普通の時代にひとつひとつ注文製作で熟練の職人が手で作る、そこに価値を見いだせるかどうかだと思います。
私がこれまで取材してきた経験から、ビスポークをされたい方にアドバイスと言われたら、自分のイメージに合う服をつくっているテーラーを選ぶことと、それと自分の体型に近いカッター(型紙職人)に作ってもらうことをおすすめします。すべて当てはまるわけではありませんが、細身の方ならほっそり体型のカッターに作ってもらうほうが、彼の美学を表現しやすい傾向はあります。
ただ、完全注文のスーツは、嗜好品の領域のものです。無理に背伸びしてビスポークだ、ス・ミズーラだと完全注文のスーツにこだわることはないでしょう。大切なのは、その人の収入や地位に見合った服を選んで着ることです。日本が素晴らしいのは、既製品製造の品質基準が高く、ハイクオリティのスーツがリーズナブルな価格で入手できること。百貨店やセレクトショップに行けば、どこへ着て行っても恥ずかしくない品質のスーツが揃っています。買う時は店員の服装を見て、テイストがしっくりくる人に選んでもらうと失敗が少ないでしょう。あとは、とにもかくにも、ジャストサイズに「直すこと」です。