自分が何を成し遂げたかを、服で語れる男性であってほしい

サルトリア ・ナポレターナの巨匠アントニオ・パニコ。キャリアは優に60年を超え、常にナポリ仕立ての王道を歩んできた。「私のスーツを着たら、脱ぎたいとは思わないだろう。第二の皮膚のように快適だからだ」と語った。

――海外のエグゼクティブと同席する際に、留意すべきことは何でしょうか。

【長谷川】ルールを踏まえ、シーンにふさわしいスーツを身につけるのは当然のことですが、その上で求められるのは、自分の文化的なバックグランド・ストーリーを語れることです。海外のエグゼクティブは、ワイン一つにも「自分はバローロ(イタリアの赤ワインを代表する銘柄)をとても愛していて、それは祖父とのこんな思い出があるからで、彼を記念する今夜はとくに思い出深い70年代のバローロを開けることにした……」などと語れるパーソナル・ヒストリーを持っています。イタリアである有名なサルトリアを取材したときに、こう言われたのが忘れられません。「スーツは語るものじゃなくて着るものだ。人生やアートを語るべきだ」と。おしゃれをするのはいいけど、洋服にしか興味がなく、文化や芸術といった素養がない人は尊敬されません。彼らと同じテーブルにつくなら、自分が好きな西洋や東洋の文化でもいいですし、今の外国人は非常に日本文化に興味がある方が多いので、日本酒や伝統芸能や民芸など日本文化についてカタログ的な説明や蘊蓄ではなく自分の言葉として語れるといいのではないでしょうか。

――長谷川さんがイメージする、スーツが似合うカッコいい男性とは?

【長谷川】一人あげるなら、イタリアのフィアット元会長ジャンニ・アニエリですね。もう亡くなりましたが、彼がファッションアイコンとなったのは、おしゃれだったからではなく、むしろファッションとは無縁の世界で偉大な功績を成し遂げたからでしょう。「フランスはルノーを持っているが、フィアットはイタリアを持っている」とジョークで言われるほどの大企業に育て上げ、プレイボーイとしても名を馳せた。彼ほどの人だから、シャツのカフスの上から腕時計をするような型破りも自己表現として認められたのです。男性は「何を成し遂げたか」で本人の評価が下される部分があるように思いますが、ジャンニ・アニエリのようにそれを服で語れるような男性であってほしいというのが、私の理想です。

――最後に、メンズスーツとは何か、一言で表わすなら?

【長谷川】フランス語になりますが、「スーツはアール・ド・ヴィーヴル(生活芸術)である」。スーツは美意識のもとにつくられる実用品であり、着る人の個性や人生が反映されることで完成するものではないかと思います。誰の人生にもアール・ド・ヴィーヴルがあり、それが着る人のスーツに宿されたとき、美しさが完成する。そこにスーツの魅力を感じます。

――美しいスーツスタイルとは何か、その本質を知ることができました。ありがとうございました。

<プロフィール>

長谷川喜美/Yoshimi Hasegawa
ジャーナリスト。イギリスを中心にヨーロッパの魅力を文化の視点から紹介。メンズファッションに関する記事を、雑誌を中心に執筆。最新刊『サルトリア・イタリアーナ』(万来舎)を2018年3月に上梓。著書に『サヴィル・ロウ』『ハリスツィードとアランセーター』『ビスポーク・スタイル』など。

text:Miwako Hasebe
photograph:Luke Carby