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毎日の服装と会話は似ている

――銀行員として社会人生活をスタートさせた西川社長ですが、やはり服装について厳しかったのですか?

当然、身だしなみはしっかりとしていなければなりませんでした。今でこそ許容されていますが、ボタンダウンシャツやカラードシャツも好ましい服装ではありませんでした。当時の若者の憧れ、旧赤坂プリンスホテルや華やかな六本木に隣接する赤坂支店に配属された新人時代は、流行のスタイルのスーツに身を包んだ方々が目につきましたね。しかし私たちは「ちゃらちゃらしたスーツを着てはいけない」との指導により地味なスーツでした。

――その後、ニューヨーク駐在となったそうですが、ウォール・ストリートのバンカーたちはどんな服装で仕事をしているのですか?

彼らは、みなぎる自信を演出する服装術を得意としているように感じました。スーツこそ着てはいるものの、みなデスクではどこかリラックスした出で立ちです。ところが、プレゼンテーションなど、いざ勝負時になるとネクタイをキュッと締め、襟を正し、ビシッとキメるのです。まるで、スポーツ選手のようなONとOFFの切り替えを服装によって演出していました。

――銀行から西川産業に入社し、社長としてお仕事なさっている今、どんな服装を心がけているのですか?

人前に出る際などは、どの程度くずした格好をするべきか悩みます。毎日の服選びと会話は似ていて、型にはまった話や格好をするのは簡単ですが、節度を保ちつつ面白くするのは難しいのです。場の雰囲気や目的に柔軟に合わせなければならない点も、会話と服装は似ているのではないでしょうか。私の場合、オフィスに出社するときは基本的にスーツですが、物流倉庫や工場に出向く時はカジュアルで動きやすい格好に身を包んでいます。それぞれの場にふさわしいコミュニケーションや格好で、周囲から浮いてしまわないように心がけています。

――今日お召しのスーツはどちらのものですか?

「エルメネジルド ゼニア」でオーダーした一着です。着心地や艶感が気に入っているので、大事な時に選ぶ一着です。他にも「ロロ・ピアーナ」のものを選ぶこともあります。身にまとうと安心感を得られる服が、大事な時にこそ必要だと思います。例えるなら、現代の鎧とでもいいましょうか。

職業柄、触れると生地の良し悪しや織り方が判別できるので、半ば仕事モードで服を選んでしまいます。寝具のシーツとシャツはほとんど同じ品質レベルの生地を使っていることが多いので、一張羅のシャツには特にこだわって、生地から選んでつくっています。繊維生地を扱う者として、スーツの生地はよいものを選べという教えのもと、先代の西川家14代目甚五郎と一緒に服飾・時計店を見て回り、「ここのはええんだ」とたくさんの一流ブランドを紹介していただきました。

――腕時計はどちらのものですか?

今日は、社長になった時期に気合いを入れるべく購入した「カルティエ」のロードスターを着けています。「カルティエ」も先代に教えていただきました。

「タグ ホイヤー」のコネクテッド モジュラーというスマートウォッチを使うことも多いです。液晶ディスプレイの文字盤はデザインが変えられて飽きがきませんし、会議中などケータイを見ることができないタイミングでも腕時計の通知で簡易的に連絡の緊急性を判別でき、非常に便利です。

――警察官僚としてご活躍なさった実のお父様からも、服装について教わったことがありますか?

実父は危険な役目柄、大きな事件に挑むときには下着を新調するなどしていました。また、香港勤務が決まった際には先行きの厳しさを見据え、自分を鼓舞するために「ロレックス」の腕時計を無理して購入したそうです。私の記憶では、実父もスーツはオーダーしていましたね。先代も父も、装いについては口で多くを語るタイプではありませんでしたが、大人としての美的感覚や本物志向を言葉以外の形で示してくれたのだと感じています。