スーツは男を格好よく見せる装いである
――日本のメンズファッションをどうご覧になっていますか?
【綿谷】日本のメンズファッションは、VANの創業者である石津謙介さんなしには語れないですね。石津さんが「TPO」という言葉をつくり、アイビースタイル(アイビールックとして知られる)という、カジュアルから礼服までをトータルに考えたある種のシステマチックなスタイルを導入した。これによって、メンズファッッションは大きく変わりました。彼に影響を受けて、団塊世代くらいまでの男性のファッションセンスはとても上がりました。いまは、大人になったらこうなりたい、という憧れのスーツスタイルのイメージが希薄になっているように思います。
――スーツにもそれなりに流行があります。いまのビジネスマンはどんなスタイルをお手本にするのがよいのでしょうか。
【綿谷】ファッションブランドやメディアなどがシーズンごとに新しい流行を発信していることもあり、着こなしのスタイルがどんどん変わっていきます。どのスタイルが正統なのかわからない、ファッションって難しいなあ、と感じている人が多いかもしれません。でも、もともとスーツスタイルは、着こなしがとても簡単なうえ、2割も3割も男を格好良く見せてくれる、優れものなんです。上下セットのスーツを着て、あとはシャツとネクタイでVゾーンをつくり、靴を合わせればそれなりに収まってくれるのです。
――季節によってスーツも変えないといけません、それなりに品揃えが必要ですが……。
【綿谷】ベーシックなスーツは春夏・秋冬用2着ずつあれば十分です。数を持っていればオシャレになれるのかというとそうではなくて、むしろ手持ちを絞って「どうすればうまく着回すことができるか」を考えて、考え抜くことが大切です。
――数を増やさずに上手に着こなすコツを、もう少し具体的に教えてください。
【綿谷】シャツ選びを例に言えば、自分にあったシャツが見つかるまで、衝動買いをしてはいけません。良く細部を見て、いろいろな店で比較することが大事。ボタンダウンだったら、襟のロールの形や長さ、シャツの素材などを見比べてみます。シャツをあててどんな襟が自分に似合うのか、違いを知ってから選んで買うようにすると、自分の好みの一枚が固まってきますよ。高級なものやネームバリューのあるブランドを身につけれることだけが、オシャレの楽しみ方じゃないですよね。一生懸命頭を悩ませるうちに、自然と着こなし上手になっていくのだと思います。
――自分にあったスタイルを見つけることが大事で、そんなにお金をかけなくても、オシャレはできる、と。
【綿谷】靴下とハンカチ、ポケットチーフ。そんなに面積が大きくなく、値が張らない。これらを効果的に身につければ、さらに、オシャレを上手に演出できます。数千円も出せば買えるものばかり。特に靴下は清潔感を出すこともできれば、自分らしさを表現することもできるんですよ。女性はそういうちょっとしたオシャレによく気がつくし、褒めてくれるじゃないですか。そうなると、自信がつき、オシャレ心にも火がつきますよね。
――年齢がいくと、おしゃれに冒険をしなくなりがちです。落ち着いた装いをするのが、大人の見識とも言われますが。
【綿谷】洋服を着るにも「旬の年齢」というのがあるんです。例えば、働き盛りの40代から50代の人が、アクアスキュータムのニーレングスのトレンチコートを着ると本当に格好いいんです。男の色気が出るっていうのかな。トレンチコートは元は軍用コートとしてつくられたもの。戦闘服仕様なのでバリバリ働く男が似合うんですね。フラノ(毛織り)のダブルのスーツやチェスターコートなども、それが似合う年代があります。残念ながら、私くらいの60代の男性がトレンチコートを着ても、そこまでの良さが出ない。だから似合う時期に似合う服を着ないのは、「もったいないな」と思うんですよ。
――クールビズが普及して夏はノータイ姿が当たり前になりましたし、カジュアルデーにはジャケパンスタイルで通勤する人も増えました。
【綿谷】スニーカー通勤が流行って、靴売り場もビジネス仕様のスニーカーが増えていますね。スーツの足元がスニーカーで、シャツは白、それに紺のパンツというスタイル。カジュアルな気分で仕事をするのはいいことですが、ただ年配の人がそれをすると、元高校生の夏服姿という残念なスタイル、と見られかねないですから……。やはりスーツスタイルから大きく外れてしまうと、男っぷりが上がらないな、と思います。