【矢部】そもそも「三陽山長」とのコラボレートで、どんな靴をデザインしようと思いました?

【坪内】まず、第一弾の話を頂いたとき、「三陽山長」が長年使ってきた人気定番の木型『R2010』を用いることが条件でした。非常にオーソドックスな、英国的なラウンドトウ。かかと回りも小さく仕上げた、フィッティングのいい木型です。

デザインの取っ掛かりは、先鋭的なスタイルも含めていろいろな種類を考えました。たとえば、かなり分厚いソールのぶっ飛んだデザイン……。しかし、「三陽山長」のクラシックなイメージに収めるのが、落としどころになると思っていました。第1弾は、ハートのパーフォレーション(飾り穴)をつけたウイングチップ、『和一郎』というモデルでした。

ウイングチップの『和一郎』の片足を上から見たとき、靴の内側と外側が左右非対称のデザインになっています。内側の紐穴部分は、アデレード(竪琴の形)というデザインで、ウイングのトウキャップからかかとまでストレートに繋がるライン。外側の方は、ウイングの曲線がソールに向って逃げるラインにしました。それでも、一見するだけでは、非対称になっていることを気づかれないのがポイントです。

【矢部】ハートのデザインは、坪内さんの真骨頂ですね。

【坪内】以前から、自分のブランドの靴によくアレンジしていました。『和一郎』では、靴の本底に小さなハート型をデザインしました。ソールの仕上げでも、ハート型に見えるようにネイビーと赤で塗り分けた半ガラス仕様にしました。ロゴについても、「三陽山長」本来の四角いデザインではなく、ハート型です。

靴のパーフォレーションにハート型のデザインがあると、それをきっかけにして話題が広がることがあります。正統的な靴が得意な「三陽山長」の靴に、少し遊び心のあるデザインを加えました。

【矢部】カラー展開や素材は、どのように?

【坪内】正統的なブラック。赤・白・青のトリコロールを、これまでも自分が手がける靴でよく使ってきましたので、『和一郎』でも展開しました。素材は、フランス「アノネイ」のレザー。グッドイヤーウェルト製法です。

「三陽山長」のブランドにどれくらいデザインが馴染むのか悩みましたが、トリコロール・カラーの靴は完売しました。

【矢部】今回の新作、第2弾のコラボモデル『和二郎』は、どんな特徴ですか?

【坪内】木型は、私がデザインしたオリジナルのラストを使いました。つま先を丸くした、ラウンドトウが特徴です。

靴のデザインは、「三陽山長」の正統的なイメージを踏襲しながら、丸みのあるキャップトウを選びました。『和一郎』は、遊びを加えたデザインでも、ドレッシーな雰囲気でしたので、第2弾では、もう少しカジュアルな顔立ちに仕上げました。

素材は、キャップトウと紐穴部分にリザードを用い、カーフとのコンビネーションです。さらに、着脱可能なヘアカーフのキルトで紐穴部分を覆い、よりカジュアルなスタイルにも合わせられるような靴にしました。

その他では、通称ガラスと呼ばれる輝きのある素材です。さらにカジュアルな雰囲気が楽しめます。

どちらの素材でも、木型の形状から、ミリタリーシューズのような履きやすいスタイルに仕上がっています。製法はグッドイヤーウェルトです。

ハート型は『和二郎』でも生かしました。ヘアカーフとガラスのキルト共に、小さい赤いハート型をアレンジ。靴底やヒールにも加えています。

【矢部】シューズデザイナーから見ると、いい靴とは、どういうものですか。

【坪内】なにより、足に合ったサイズ感であるかどうか。靴そのものだけではなく、ファッションのテイストと靴のデザインが合っていることも大切です。

日々、どんな靴を履こうかと、靴にも、もの選びの意識が向いている人は、大体、ファッションも素敵です。それから、歩き方も重要です。サンダルやスリッパを履いているように、足を引きづって歩く人をいまでも見かけます。靴の重さを感じて、足を振り子のようにして歩くと、美しいですね。

靴の話になると、思わず熱がこもる

【矢部】では、靴選びのひとつの基準を教えてください。

【坪内】やはり、靴を履く人の生活スタイルと靴のデザインが合致していることがベストです。伝統のある英国的な靴を履き、パリッとスーツを着用している方は別格です。

ビジネスシーンは、正統的なキャップトウの靴が最適ですし、趣味性を反映したスポーツコートを着用した際には、もう少しカジュアルな靴が似合います。それぞれのスタイルに合った靴選びができるといいですね。

【矢部】ソックスの色柄と靴の合わせについて。どんな組み合わせがお洒落ですか?

【坪内】黒のドレスシューズを前提に考えると、スーツの場合は、ある程度ルールは決まってきます。ネイビースーツであれば、ソックスは黒がネイビーの無地。グレーのスーツは、黒やグレーの無地が基本です。スーツの色にソックスの色を合わせれば問題ありません。

難しいのはカジュアルなスタイルのとき、なにを選ぶかです。私は、派手めのソックスを合わせます。たとえば、ヴィヴィッドな色彩の赤や黄色など、パンツの裾からチラッと見えた時、印象的です。あるいは、水玉(ドット)。水玉は、一つひとつが大きくなればなるほど、カジュアルな度合いが増します。小さい水玉であれば、ドットのネクタイと同じように、フォーマルな装いになります。

【矢部】靴磨きは、どのくらい磨き上げるのがいいのでしょうか?

【坪内】私は、実はあまり磨きません。簡単なブラシ掛けと、ビーズワックスをサッと塗るだけです。汚れた場合はケアをしますが、決してピカピカにはしません。鏡のように磨ないと気が済まない方もいますが、靴磨きの加減は、人それぞれの好みでいいと思います。

インタビューを終えて

店頭に届いたばかりの「和二郎」を手に取って、坪内さんは実に時代の捉え方がうまいと感じた。靴のトレンドがラウンドトウに向かっているなか、ミリタリーラストを彷彿とさせる、いかにも履きやすそうな丸みのある男っぽい面構えが絶妙である。リザードとスムースレザーとのコンビは、革の質感の違いによって、黒1色の靴に繊細なものづくりのこだわりを感じさせる。もう一足のガラス素材では、よりカジュアルに楽しめる表情を備え、デニムはもちろん、休日にはいま注目のワイドシルエットのコットンパンツとの相性も抜群だろう。

坪内浩/Hiroshi Tsubouchi
2008年に自らの名を冠したHIROSHI TSUBOUCHIをスタート。デザイナーの「履きたい靴を作る」をコンセプトにクラシックながらも遊び精神のあるデザインは瞬く間に評判に。イギリスやアメリカのアーカイブやテイストをベースに日本人ならではの自由な発想を加えた靴は、大手セレクトショップや百貨店等で販売される。クラシックとモードの中間の位置付けの靴は海外でも評判が高い。

矢部克已/Katsumi Yabe
ファッションジャーナリスト/エディター。メンズファッション誌編集部を経て、イタリアに渡り、本国の服飾文化を吸収。帰国後は、ウェブマガジン『DUCA』『Espresso per te』編集長を歴任する。現在、雑誌『メンズプレシャス』『メンズ・イーエックス』『THE RAKE JAPAN』など、新聞、ウェブサイト、FMラジオ、トークショーでも活躍。メンズファッション全般にわたり歴史、スタイル、トレンドに精通する。Twitter ID:@katsumiyabe

問い合わせ情報

問い合わせ情報

三陽山長 日本橋高島屋S.C.店

東京都中央区日本橋2‐5‐1 5階
営業時間:午前10時30分~午後8時
TEL:03‐6281‐9857

店内には、シューリペアのコーナーもあり、ビジネスマンの頼れるシューズショップとなっている。日本人の足に合う、国産靴ブランドであるがゆえ、かならずお気に入りの一足が見つかるはずだ。


interview & text:Katsumi Yabe
photograph:Tadashi Aizawa