仕立て服の文化継承が創業時から変わらない使命
ハイエンドやラグジュアリーと称されるブランドの中には、古くから伝わる文化・芸術や職人の技術を受け継ぎ、次世代に残すことを自らの責務と考えるブランドがある。一度失われてしまうとそれを取り戻すのが困難だからだ。スーツの世界でいえばキートンがそうしたブランドの一つ。スーツにおける「ナポリ仕立て」というと、ナポリに点在したサルト(仕立て職人)たちがそれぞれに競い合って築き上げた技術やデザインを指すが、それらを体系的にまとめ上げ、既製服にまで落とし込んでいるのがキートンである。
創業は1969年。5代にわたり服地卸を営む家に生まれたチロ・パオーネは、家業のみに固執することなくそこから視野を広げ、テーラードのファクトリーを立ち上げる。職人の高齢化やナポリを取り巻く環境の変化を見越して、この地で高度に発達した仕立て服の文化を継承することが目的の一つだったという。キートンのジャケットは、美しいシルエットとまるで羽織るような軽い着心地と形容されることが多いが、それはハンドメードによる縫い目の強弱、曲線を多用した仕立てなどサルトたちの技術の賜物だと言っていい。
そんなキートンの日本での旗艦店であり、アジア地域での重要な拠点にもなっているのがキートン銀座店である。2020年12月、新型コロナウイルスが世間を騒がせる最中でのオープンとなったが、ハイブランドでは珍しくECサイトで一部商品の販売を開始し、遠方の顧客向けにバンチブック(生地見本帳)を送る、あるいは出張販売サービスを行うなど、さまざまな施策で顧客のニーズに応えてきた。現在は、商品の入荷状況やお直しの相談を、店舗のスタッフと直接やり取りできるLINEサービスが好評を得ている。
キートン銀座店
東京都中央区銀座5‐2‐1 東急プラザ銀座1階
TEL:03‐3573‐6053
エクスクルーシブな素材抜きにしてキートンは語れない
そんなキートン銀座店が打ち出す「これからの仕事服」とはどんなものか。同店と、その上階に位置するセレクトショップ、ストラスブルゴ銀座店を統括する門石貴幸さんに聞いた。
「最近はリラックス感を求める傾向が高まっているため、キートンでもドローストリング仕様のスーツをこの秋冬シーズンから展開しています。時代の流れとして快適性は欠かせませんが、そうした中でもキートンが絶対に妥協しないのが素材のクオリティーです。現在、世界最高峰の服地メーカーといわれるカルロ・バルベラがキートンの傘下になり、そこでつくられる生地はキートンだけでしか使われないエクスクルーシブなものです。それともう一つ譲れないのがフィッティングのエレガントさ。たとえアンコン仕立てでも体にフィットして美しいラインが出るように。仕立て職人の技術があればこそできることです」
素材のクオリティーとフィッティングの美しさこそがキートンが求める仕事服の条件。これからのシーズンに重宝するアイテムとして門石さんが最初にセレクトしてくれたスーツは、まさにその言葉通りのものだ。
「素材はウール100%で、14ミクロンという非常に細い糸を使ったもの。この素材由来のなめらかな光沢感があります。また襟付け、袖付け、ラペルのステッチ、ボタンホールなど多くの部分を手縫いしています。手縫いは縫う際の“甘さ”が調整できるため腕や肩の可動域が広がり、着心地の良さや動きやすさにつながります」
続いて選んでくれたのは、このスーツに似合うサックスブルーのドレスシャツ。一見、スタンダードなシャツに思えるがじつはコットン100%のジャージー素材を使用したもの。上品に見えながらも伸縮性に富み、動きやすいという特徴も持つ。
「一般的にジャージー素材は編み目が粗いものが多いですが、この素材は細い糸を使っているため、きめが細かく光沢があり、肌触りも良くなっています。タイドアップ時はもちろん、ネクタイを外せばカジュアルな服装にも合わせられます」
そしてもう一つ、先ほどのスーツに合わせたいアイテムとしてセレクトしてくれたのが、黒のタートルネックだ。こちらもシンプルな一着ながら最大の特徴は素材にある。カシミヤ80%、シルク20%というエレガントなつや感があり、肌触りも良い素材を使用している。
「この秋冬シーズン、キートンが提案するのがトーン・オン・トーンの着こなし。ダークトーンのスーツにこんな色のインナーを合わせるコーディネートです。靴はブラックのローファーやスエードのチャッカーブーツを合わせてみてください」
コロナ禍をきっかけに生活が変わり、働き方も変わって、何もかもが変化するかのように叫ばれる昨今ではあるが、数十年前も現在も、そして数十年後も変わらないであろう普遍的な価値を持つものが確かにある。ビジネスウエアでいえば素材と仕立てのクオリティーがそれだ。それらを曲げることなく貫いているキートンだからこそ、目の肥えた顧客たちの支持を得続けているのだろう。いたずらに個性を主張するのではなく、あくまでもアンダーステートメントを旨とすべし。時代に流されることのないエグゼクティブの装いに、これほどふさわしいブランドはそう多くない。
ストラスブルゴ
TEL:0120‐383‐563
text:d・e・w
photograph:Hisai Kobayashi