DBSが本領を発揮するとき
街中では低回転域でトルクがたっぷりあるおかげで扱いやすい。1500rpmも回っていれば気持ちよく“流せる”のだ。
いっぽうでエンジン回転が2500rpmを超えると猛烈なダッシュ力を見せる。アクセルペダルを強めに踏み込むと、乗員はからだがシートに押しつけられるぐらいの加速Gで、これは痛快だ。
いまは、大排気量エンジンをフルに楽しめる最後のときかもしれない。高性能スポーツカーにとってもハイブリッド化などの環境対策は避けて通れないと言われているからだ。
トランスミッションはトルコン式の8段オートマチック。変速ショックはないし、「GT」「スポーツ」「スポーツ+」とあるドライブモードセレクターに応じて、的確なギアを選択してくれる。
DBSが本領を発揮するのは「スポーツ」を選んだときだ。アクセルペダルの踏み込みに対する反応は速く、ステアリングホイールを少し切り込んだだけで、車体はするどく向きを変える。そのダイレクト感はおみごと。
アルプスに連なる山道を走りながら、ぼくは興奮をおぼえるとともに、「こういうクルマがなくなる日が本当にやってくるのだろうか」としみじみしてしまった。
スタイルは大きなフロントグリルといい、抑揚のあるボディ面の構成といい、性能とともに、アストンマーティンに期待するものがちゃんと備わっている。
内装も独自の世界観があり、官能性と機能性とをうまくバランスとりながら独自の造型を成立させている。このセンスは他車ではなかなかお目にかかれない。
価格は3400万円ほどで、オプションが数多く用意されているので、ひとによっては4000万円を超えてしまうだろう。
自分と関係ない世界の話とやり過ごすのも仕方ないことかもしれない。が、別の見方をすれば、4000万円を払ってもいいと思わせるプロダクトとはいかなるものか。その代表例がDBSだとしたら、それもビジネスの参考になるのではないだろうか。
アストンマーティンはこれまでかたくなといえるほど、スポーツカーとGTを中心とした製品ラインナップを堅持してきた。
遠くない将来、SUVが加わることになるが、自分が守るべき価値を知っていればビジネスはうまくいく。ぼくはアストンマーティンに接するたびに、そう教えてもらっているような気がする。
小川 フミオ/Fumio Ogawa
慶應義塾大学文学部卒。複数の自動車誌やグルメ誌の編集長を歴任。そのあとフリーランスとして、クルマ、グルメ、デザイン、ホテルなどライフスタイル全般を手がける。寄稿媒体は週刊誌や月刊誌などの雑誌と新聞社やライフスタイル誌のウェブサイト中心。