作家の吉村喜彦さんによる、酒にまつわる逸話やおいしい飲み方を紹介する連載「in vino veritas(イン・ヴィーノ・ヴェリタス)」。直訳すれば「酒に真実あり」となります。これまで多くの取材や旅を通じて感じた酒の魅力を語ってもらいます。第3回目は、カクテルベースの王様・ジンの話。

アース・ウインド&ファイヤーの「セプテンバー」がFMから流れはじめ、風の穂先がまるくなってくる。目にはさやかに見えないけれど、秋の気配がそこここに感じられる。

九月初旬。最近では、初秋というより晩夏という言葉のほうが感覚的にしっくりくる。ジンが美味しい季節である。

カクテルの一番人気といっていいジン・トニックやマティーニなど、ジンはカクテルのベースとして欠かせないスピリッツ(蒸留酒)。

ジンは1660年、オランダのライデン大学医学部教授が、熱帯地方での熱病の特効薬(解熱・利尿効果)として作りだした薬酒だった。やがてオランダからイギリスに渡り、味もドライに変化させ、一大ブームを巻き起こした。いま、ロンドン・ジンといわれるのがこのタイプである。その後、ジンは大西洋を越えてアメリカに行き、カクテルベースとして脚光を浴びるようになった。

「オランダ人が生み、イギリス人が洗練し、アメリカ人が栄光を与えた」といわれるスピリッツである。

ジンはトウモロコシや大麦麦芽などの穀物を主原料としてグレイン・スピリッツ(グレインとはgrain=穀物)をつくり、その後、ジュニパーベリーやコリアンダー、アニス、キャラウェイ、フェンネルなどのハーブ、レモンやオレンジの皮などの草根木皮(そうこんもくひ)とともにもう一度蒸留。香りづけされて生まれる。例の松ヤニの香りは、ジュニパーベリーから来ている。

ロンドン・ジンは爽やかな香気とキレのある味わいが特徴で、熱帯病の特効薬という出自からうかがえるように、夏やまだ暑さの残る季節にぴったりの酒だ。

ヘミングウェイは、ゴードンが好みだったようだ。ビーフィーターやタンカレー、ボンベイサファイヤなどいろいろなジンがあるが、ゴードンは武骨で骨太。ヘミングウェイが好きだったのはうなずける。

ラベルの「イノシシ」のシンボル・マークも、野性的で、ゴードンの味わいを象徴しているようだ。

アンゴスチュラ・ビターズを数滴落とすと、ピンク・ジンの完成

キンキンに冷やしたストレートが美味しいが、アンゴスチュラ・ビターズという、これまた熱帯ベネズエラで生まれた苦い薬酒を2~3ダッシュして飲んでもいい。液体がほのかな桃色になるので、「ピンク・ジン」と呼ばれる。じつにシンプルでタフなカクテルだ。

このピンク・ジンをゼリーにしても美味しいそうだが、ぼくはまだ食べていない。今年、暑さがまだ残るうちに、ぜひ、やってみよう。

そして、ジンといえば、この一句。

存在と時間とジンと晩夏光  角川春樹

晩夏の夕暮れどきとジンの鋭利な苦さ。そして、傾いた光――ハイデッガーを読みたくなってくる。

text:Nobuhiko Yoshimura
photograph:Katsuyoshi Motono
location:TENZO