作家の吉村喜彦さんによる、酒にまつわる逸話やおいしい飲み方を紹介する連載「in vino veritas(イン・ヴィーノ・ヴェリタス)」。直訳すれば「酒に真実あり」となります。これまで多くの取材や旅を通じて感じた酒の魅力を語ってもらいます。第6回目は、バスクで飲んだ思い出の味と日本のシードルの話。

りんごには、澄んだ青空とひんやりとした空気が似合っている。

このところ、りんごのお酒=シードルが人気で、日本各地にシードルをつくる醸造所が増えているそうだ。
日本のりんご酒は、明治時代の青森で造られはじめたが、あくまで日本酒の代替品だったという。

太宰治の『津軽』にも、りんご酒のことが書かれている。
太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)の5月、太宰は自らのふるさと=津軽を旅したが、作品の中にりんご酒がいくども登場している。
が、あまり上等な酒としてではなく、太宰が飲みたかったのは、当時、配給品となっていた日本酒やビールだった。


先日、岩木山の周りでりんごの畑を見たときに、遠目から見ると、りんごが桜桃に見えた。

──そうか……。

故郷への屈折した太宰の気持ちが、桜桃好きとなってあらわれたのかもしれないと、そのとき思った。

りんごの醸造酒は、フランス北部のブルターニュやノルマンディー、イギリスなど、葡萄ができない土地でつくられることが多い。
ヨーロッパで醸造酒といえば、まずはワインやビール。シードルはちょっとオルターナティブな位置をキープしている。
酒飲みとしては、シードルの、そのあたりのシブサが好きだ。

忘れられないのは、スペインとフランス国境のバスク地方で飲んだシードル。
チャラパルタというバスク独特の楽器を取材するために行ったのだが、チャラパルタはとてもプリミティブな楽器だった。
ふたりの男が板きれをはさんで向かい合って立ち、それぞれ棒をもって、その板きれを打つ──ただそれだけ。
板きれは幅10cm、長さ120cm。腰より低く差し渡された板きれを、すりこぎのような棒で叩くのだ。
木と木がぶつかって生まれる音は牧歌的でやわらかく、聴いていると、心がなごんでくる。

コケタ、コケタ、キリコケタ──。

不思議な音が響く。
その昔、収穫したりんごからシードルを造るために、りんごを棒でつぶしていたが、そのときの音が気持ちよくて、チャラパルタが生まれたともいわれている。

りんご畑のなかに響くチャラパルタの音と抜けるような青空。
そのふたつが、バスクのシードルを生んでいるように思った。

微発泡のやさしい口当たりと素朴な味わいがタケダワイナリーのシードルの持ち味

日本のシードルでは、山形・上山(かみのやま)のタケダワイナリーのものが一番好きだ。
山形県産のりんごにこだわった辛口シードルは、瓶のなかで発酵が続いている。
りんごの爽やかさ、わずかな渋みのバランスが絶妙。おとなの味わいだ。
食中酒としても、肉にもシーフードにも合う、万能選手である。
タケダワイナリーのシードルもそうだが、おいしいシードルは、からだを秋の青空に染めてくれるようだ。

text:Nobuhiko Yoshimura
photograph:Katsuyoshi Motono
location:TENZO