作家の吉村喜彦さんによる、酒にまつわる逸話やおいしい飲み方を紹介する連載「in vino veritas(イン・ヴィーノ・ヴェリタス)」。直訳すれば「酒に真実あり」となります。これまで多くの取材や旅を通じて感じた酒の魅力を語ってもらいます。第7回目は、秋雨を眺めながら飲みたいシャルトリューズの話。
秋は澄んだ青空もいいけれど、雨もいい。春雨のやわらかい優しさとは違って、しっとりとしたもの寂しさがいい。
秋時雨(あきしぐれ)の午後、ぴったりの酒がシャルトリューズというリキュール。
シャルトリューズには緑色(ヴェール)と黄色(ジョーヌ)の二種類があるが、みどり色のシャルトリューズのほうがスパイシーでミントの風味も豊かだ。ヨーロッパの緑の森の香りがする。
居心地の悪くないソファに座り、目の前の大きいガラス窓から雨に煙る街の景色を眺めながらシャルトリューズを飲むのがいい、と書いたのは作家・石川淳。ただし、二杯以上飲むのは野暮だとも。
さて、リキュールという名前はよく聞くけれど、そもそも何かというと、スピリッツ(蒸留酒)にハーブ(薬草)やフルーツなどを浸し、砂糖やシロップなどを加えてできるお酒のこと。
11世紀から13世紀のヨーロッパ中世。
錬金術師が「生命の水」と呼ばれる蒸留酒をつくり、その蒸留酒には薬効があるとされ、さらに効果を高めるために薬草を溶かしこみ、リキュールが生まれたそうだ。
シャルトリューズは、もともとフランスのシャルトリューズ修道会でつくられていたリキュール。
1968年の冬季オリンピック開催地になったグルノーブル(映画「白い恋人たち」で有名)から、アルプス山脈の麓に入ったところにある修道院だ。
そのレシピは「不老不死の霊薬」として伝えられ、1737年(日本では徳川吉宗の時代)に緑のシャルトリューズの原型ができたという。
130種類の薬草から生まれるレシピは今も三人の修道士しか知らないそうだ。
ジュニパーベリー、コリアンダー、カーダモン、クローブ、ペパーミント、オレガノなどが入っていると思われる。
霧深い森のなかで修道士がつくる、なんだか「薔薇の名前」の世界のような、中世の秘術風味いっぱいのお酒――それがシャルトリューズの魅力なのだ。
もともとリキュールは、毒でもあり、薬でもあった。修道院でつくるのは「不老不死の霊薬」だけれど、王宮ではしばしば毒入りリキュールが暗殺のために使われた。
この両義的なところが、リキュールの存在の核心だ。お酒というものの、どっちに転ぶかわからない危うさ。その危険性をコントロールするのは人間しかいないのだ。
思えば、人間を魅惑するものは、すべて両義的なものかもしれない。
日本のバーではあまり見かけないが、シャルトリューズは冷蔵庫で冷やしたほうが美味しい。
みどりの冷たい液体を小ぶりで美しいリキュールグラスに注いでもらってストレートで飲(や)るのがいい。
辛口のトニックウオーターで割っても美味しいし、ジンとシャルトリューズを3:1で静かにステアすると、グリーン・アラスカというカクテルになる。
しんと静かな秋の日に、ぜひ、お試しあれ。
text:Nobuhiko Yoshimura
photograph:Katsuyoshi Motono
location:TENZO