作家の吉村喜彦さんによる、酒にまつわる逸話やおいしい飲み方を紹介する連載「in vino veritas(イン・ヴィーノ・ヴェリタス)」。直訳すれば「酒に真実あり」となります。これまで多くの取材や旅を通じて感じた酒の魅力を語ってもらいます。第8回目は、大人だからこそ楽しめる円熟の味わい、コニャックの話。

お酒には、おおざっぱに分けて、醸造酒と蒸留酒の2つのジャンルがある。
醸造酒というのは、糖(甘いもの)に酵母がついて、発酵してできるお酒。アルコール度数は低く、せいぜい20度くらい。
人類最初のお酒は、ハチミツと雨水から自然に発酵してできたお酒=ミードといわれている。
この醸造酒のジャンルには、ワインや日本酒、ビールなどがある。

蒸留酒というのは、醸造酒を蒸留してできるアルコール度数の高いお酒。
簡単にいえば──
ワインを蒸留すると、ブランデー。
日本酒を蒸留すると、米焼酎。
ビールを蒸留すると、ウイスキーになる。
泡盛やウオツカ、ジン、ラムなども蒸留酒だ。

で、ブランデーの話──。
ブランデーとは、オランダ語でブランデウェイン(焼いたワイン)から生まれた言葉。「焼く」というのは、「蒸留する」という意味である。
では、なぜ、ワインを焼いたのか?
それは、そのワインが不味かったからだ。

コニャックの町のあるシャラント地方は古くから葡萄の産地だったけれど、生まれるワインは酸っぱくて不味かった。
しかも、すぐ南には、おいしいワインの産地・ボルドーがある。
コニャックのワインは売れない→たくさんワインが余る→困った、どうしよう……?
「じゃあ。焼いちゃえば」
そう言ったのが、コニャックの町で商売に携わっていたオランダ人。
そうして、生まれたのが「コニャック」というブランデーだったのである。

いまでは高級ブランデーの代名詞であるコニャック。そのなかでも最古の歴史を誇るのがマーテルだ。

いまから37年前。1981年の夏に、マーテルの本社と貯蔵庫を訪ねた。
50年以上樽で熟成されたコニャックを飲ませてもらったが、その味わいは恬淡としていて、黄金色の水のよう。良質な酒は水に似ているというが、まさしくその通りだった。
水と違うのは、しばし陶然となることだ。

その夜は、西洋のおとぎ話に出てくるお城のような迎賓館に泊まった。
正門から館まで、車で10分ほどかかったろうか。途中、やわらかい木漏れ日のさす森には、鹿が楽しそうに駆けていた。
執事が迎えてくれ、天井の高いダイニングルームでディナーをとり、「ベルサイユの薔薇」に出てくるような、長い螺旋階段を上って、二階のベッドルームに行った。
浴室にはバデダスという森の香りの入浴剤があって、映画で見るような、きめ細かい泡風呂に生まれて初めて入った。
バスから上がると、寝室には小ぶりのマーテル・コルドンブルーとペリエ。
当時はまだペリエなど東京でもほとんど見かけなかったが、赤みがかった琥珀色の液体をたたえるコルドンブルーをペリエで割って飲むと、気分は優雅そのもの。ほとんど貴族だった。

質のいいコニャックは、いいグラスを選んで飲みたくなる

コニャックの理想は「円さ」だ。
角がとれた円満な味わい。
幾星霜、樽のなかで眠るうち、甘さや渋さ、苦みや酸味などの突出した部分がなだらかになっている。苦しい記憶を消し去ってくれる時間の優しさが、液体になったかのようだ。
ブレンディッドのスコッチが目指しているのは、たぶんコニャックやボルドーワインだ。
コニャックもボルドーワインもブレンドすることで、円い酒になっている。

「円さ」に対する渇望がブレンディッド・スコッチの宿命かもしれない。
でも、あのやわらかい太陽は、スコットランドにはない。
この欠落感が、スコッチの、どこか寂しさをたたえる男っぽい魅力だと思う。
同じ「円さ」を志向しても、そこには大きな違いがある。
その差異を楽しむことこそが、文化なんだと思う。

text:Nobuhiko Yoshimura
photograph:Katsuyoshi Motono
location:TENZO