サインはビジネスの必須アイテム

「こちらにご署名をお願いします」

ホテルのフロントで、スーツの内ポケットから愛用の万年筆を取り出し、慣れた手つきで流麗にサインする。こんな姿に憧れるビジネスパーソンは少なくないだろう。

自己流でサインをデザインする方法もあるが、せっかくなら、より美しく、よりカッコよく、オリジナリティあふれるサインを書きたい……そんなニーズに応え、プロのデザイナーが「自筆署名」をデザインしてくれるサービスがある。提供しているのは「署名ドットコム」という会社だ。同社の専務取締役・古泉誠域さんに話を聞いた。

「署名ドットコム」の創業は古泉さんが大手総合商社で貿易関係の仕事をしていた頃の“苦い思い出”がきっかけだった。

「日常業務の中で、インボイス(海外へ荷物を送る際、相手国の通関で必要になる書類)やパッキングリスト(梱包明細書)に自筆で署名をする必要がありました。当時はサインの重要性など意識したこともなかったのですが、あるとき、先輩社員から『そんな稚拙なサインじゃ、ビジネスマン失格だぞ』と叱責されたのです」

「サインの良し悪しは字の上手い下手とは関係ない」という「署名ドットコム」の専務取締役・古泉誠域さん

古泉さんは自己流でデザインを試みたが、納得のいく仕上がりにならない。専門の業者を探してみると1社だけ見つかった。しかし、そのサービスは、とても個人で利用できる価格ではなかったという。

「そこで、もっと気軽に依頼できるサービスがあったら、需要があるんじゃないかと考えたのです」

以来、同社では、のべ2万人、4万点以上のサインを創作してきた。同社に創作サインを依頼する顧客は、約8割が40~50代の男性ビジネスパーソン。「“役職に就いたから”“海外とのビジネスが増えたから”という理由で利用される方が多いですね」と古泉さんは語る。

「創業当初は、まだ当社のサービスが認知されていなかったのですが、機内誌の通信販売ページに掲載されたのを機に、問い合わせが殺到しました。おそらく、自己流でデザインしたサインを不本意ながら使い続けている方が多かったのではないでしょうか」

一般のビジネスパーソンはもちろんのこと、経営者や経営幹部ともなれば、その個性や人格にはビジネスパートナーの注目が集まる。そして、その人が描くサインは、単なる署名の域を超え、「会社の顔」として、その品格を如実に映し出すこととなる。ビジネスがますますグローバル化する現在、国際的にも通用するサインは「ビジネスパーソンの必須アイテム」と言えるだろう。

サインを描くことは「なりたい自分」に近づく行為

上から「英字実用型」「英字個性型」「英字速写型」の「President Style」のサイン。大文字のみのサインはバランスが取りづらいとのこと。中段「個性型」の「P」はゴルフのピンフラッグを象っている

古泉さんによれば、サインには実用型・個性型・速写型がある。

「実用型は、主に各種契約書、クレジットカード、重要書類などに使われる最も一般的なデザイン。個性型は、文字に誇張・変形・装飾を加えてインパクト感に重点を置いたデザインで、主として有名人・著名人の方が使っています。そして速写型は、姓・名の一部を簡略化して一気に書き上げるデザイン。日々の仕事でサインする機会が多い方におすすめしています」

サインのタイプと、使うべき場面については理解できた。では、「自分らしいサイン」をつくるためには、どのような点に留意すればいいのだろうか。古泉さんに、サイン創作のポイントについて教えてもらった。

第1のポイントは「サイン全体のフォルム」。三角形、四角形、円形など、どんな図形の中に文字をおさめるかによって、印象が変わるという。

第2に、「直線的な構成、曲線的な構成のどちらを選ぶか」。直線を強調するとシャープでスマートな印象になり、曲線を多用すれば柔和な印象になる。一般に、男性は直線的、女性は曲線的なサインを好む傾向があるとのこと。

そして第3は、「速く書けること」。時間をかけてモタモタと描いているようでは、スマートな印象は与えられない。サッと書けるようなデザインでなければならないのだ。もちろん、スピーディに描けるよう練習を重ねることも大切だという。

ビジネスシーンでこなれた印象を演出するには、サインを描く際の立ち居振る舞いにもぬかりなく気を配りたい。そこで最後に、サインをする際の「所作」について聞いてみた。

「筆記具は、線の強弱を表現しやすい万年筆がサインには向いていると思います。よく高級万年筆をスーツの外ポケットに挿している人がいますが、私自身は内ポケットから取り出すのが好みですね。書く際には、ペン先を立ててていねいに書くと、ちょっと野暮ったい印象を与えてしまいます。ややペンを寝かせて、書くリズムやスピード感を意識すると洗練されたイメージを演出できます。そのためには、ひたすら練習することも大切です」

「名は体を表す」の言葉どおり、サインとは、その人の個性や品格を饒舌に語る存在だ。お気に入りの自筆サインを持ち、描く際の所作を身につけることは「私はこんな人間です」という表現行為である。そして、意識的にサインを描き続けることは「なりたい自分」に一歩ずつ近づいていく行為といえるのかもしれない。

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text:Akira Umezawa
photograph:Tadashi Aizawa